「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか?
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、話題の新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
今回は、ポピュラーサイエンス本における「誇張」の実態についての本書の記述の一部を抜粋・編集して紹介する。

最悪の場合、誇大広告の無法地帯と化す…「ポピュラーサイエンス本」の実態とは?Photo: Adobe Stock

科学者が書いた本が定着する功罪

メディアの記事が広める一時的な喧伝は、そこまで案じることもないのだろう。しかし、書籍となると話は別だ。

科学者が書いた本が話題になって時流に乗れば、その考えが定着するかもしれない。

優れた本は、複雑な科学的結果を誇張せず、ゆがめることもなく、一般の読者に合わせてかみくだき、私たちや世界について考えるための新しい手段を提供する。
しかし、最悪の場合は、査読委員会の管轄が遠く及ばないところで誇大広告の無法地帯と化す。

ここでもまた、私の専門分野であり、自己啓発や人生に関する助言など商業的に大成功を収めているジャンルにうってつけの心理学が、悪名をとどろかせている。

再現実験が失敗したのに、ベストセラーに

(中略)イェール大学の心理学者ジョン・バーグは、「被験者に高齢者を連想させるプライミングをすると、歩くスピードが遅くなる」という論文の筆頭著者だった。
この研究は2012年により多くのサンプルとより厳密な実験設計で検証したところ、再現できなかったものだ。

しかし、バーグの再現実験が失敗し、心理学全般で再現性の危機が起きてから数年後の2017年に、バーグの著書『あなたが知らないうちに:私たちが無意識に行動する理由』(原題:Before You Know It: The Unconscious Reasons We Do What We Do)がベストセラーになった。

そこでは潜在意識が人間の行動に強い影響を与えると主張しているが、この分野における再現性の大きな問題にいっさい触れていないばかりか、社会心理学的な研究を引用していながら(その多くはサンプルのサイズが小さく、結果がどちらとも言い難いものだ)、人間の行動について頭をひねるような主張を平然と続けている。