「すべての科学研究は真実である」と考えるのは、あまりに無邪気だ――。
科学の「再現性の危機」をご存じだろうか。心理学、医学、経済学など幅広いジャンルで、過去の研究の再現に失敗する事例が多数報告されているのだ。
鉄壁の事実を報告したはずの「科学」が、一体なぜミスを犯すのか?
そんな科学の不正・怠慢・バイアス・誇張が生じるしくみを多数の実例とともに解説しているのが、話題の新刊『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』だ。
単なる科学批判ではなく、「科学の原則に沿って軌道修正する」ことを提唱する本書。
今回は、われわれの暮らしに根ざす「医療行為の”再現性の危機”」に関する本書の記述の一部を、抜粋・編集して紹介する。

医療の常識が「実はまったく無意味」なケースも…“再現性なき医学”の恐怖とは?Photo: Adobe Stock

「質の低い研究」にもとづく医療の患者への影響

医学における再現性の問題は、実験室でおこなわれる前臨床研究だけでなく、医師が患者におこなう治療にも直接、影響を与えかねない。

一般的な治療の多くが質の低い研究にもとづいていることになり、確かなエビデンスはなく、医学の常識とされてきたことが新しい研究によってたびたび否定されるのだ。あまりに頻繁に起こるこの現象を、医学者のヴィナイ・プラサドとアダム・シフは「医学的逆転」と名づけた。

麻酔が切れても話せない「術中覚醒」が生じていたおそれ

医学的逆転のなかでも特筆すべき例は、「術中覚醒」に関するものだ。
名前こそ地味だが、手術中に麻酔から目が覚めて、ときには切開の耐え難い痛みを感じながら、動くことも話すこともできず、どうすることもできないという悪夢のような(とうていありがたくない)現象である。

これについて1990年代の研究で、「バイスペクトラル・インデックス・モニター」と呼ばれる装置の使用が支持された。患者の頭に電極を設置して脳波を監視し、無意識下であることを外科医が確認するというものだ。バイスペクトラル・インデックス・モニターは麻酔の常識となり、2007年にはアメリカの手術室の半数に設置され、世界中で推定4000万件の手術で使用されていた。

しかし、これらの初期の研究は、一定の水準を満たしていなかった。「バイスペクトラル・インデックス・モニターの値が……目標範囲内でも術中覚醒が生じた」のだ。

2008年に大規模で質の高い研究がおこなわれ、モニターは役に立たないことがわかったのだ。