三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第65回は投資と「善悪」の関係を考える。
カネか、倫理か
古参の投資部OBは合宿の夜、主人公・財前孝史の曽祖父で初代主将の龍五郎の「投資家ならば善悪ではなく損得でものを考えろ」という言葉を伝える。現役部員たちは極端な利己主義に嫌悪感を覚えるが、「目的と手段」のあり方について考えを深めていく。
敗戦という国難のなかでも収益機会を探った龍五郎は、本分に徹した投資家だった。それに対し、当時の投資部員や現役メンバーの少年たちは拒否反応を示す。作中の議論は極端なケースだが、「金儲けと倫理」は今も続く定番の対立軸だ。特に、投資に対しては、金が金を生む胡散臭い営みという認識は根深い。
そんな抵抗感を和らげる方便に「投資は未来をつくるもの」「株式投資は企業に対する『推し活』」といったフレーズがある。私自身、新NISA(少額投資非課税制度)をきっかけに投資デビューを考える人たちの頭の整理につながれば、と考えてそんな趣旨の解説を当コラムやYouTubeなどで行っている。
こうしたフレーズに対しては「綺麗事に過ぎない」といった批判があるが、そもそも、これらは飲み込みやすいように本質をオブラートに包んだ物言いにすぎない。長期投資の「目的」は資産形成、つまり将来に備えて購買力を蓄積することであり、投資家は資産形成の「手段」であるリターンの向上に集中すれば良いのだ。
誤解なきよう付け加えると、むやみに高いリターンを追い求め、大きなリスクを取れという話ではない。許容できるリスクや必要なリターンは人によって違う。
短期的な大儲けを狙ったギャンブルのようなスタイルは、ほとんどの人にとって有益ではない。あくまで合理的な「手段」を選択するべきであり、それは例えば「長期・分散・積立」といった王道に沿ったものになるのだろう。
後ろめたさを捨て胸を張れ
重要なのは、投資家であるあなたは「目的=資産形成=リターン」に集中すれば良いことだ。合理的選択をする投資家が増え、リスクマネーの厚みが増し、市場にかかわるプロたちがきっちり役割を果たせば、世界を良きものに導く大仕事は「市場」がやってくれる。
個々の投資家の欲が集合知となり、結果として最適な配分をもたらすのがマーケットの「見えざる手」の真骨頂なのだ。
極論をいえば、投資家が善悪といった「綺麗事」にこだわりすぎれば、見えざる手の効率は落ちかねない。この視点から、たとえばいわゆるESG投資について、私は行き過ぎた適用は弊害も大きいと考える。
環境負荷や企業統治といった問題は「長期で見て、それでは企業価値は高まらない=儲からない=株価は上がらない」という形に社会の在り方が変わり、「見えざる手」によって淘汰・改善されるのが本筋だろう。人為的なカネの配分の圧力で社会を変えるのは、市場の本質からは本末転倒の感がある。
もう一度確認しておこう。個々人は「資産形成=将来に備えて購買力を蓄えること」を考えれば良い。その向こうには人智を超える精妙なメカニズムが動いている。
「そんな風に世界は回っている」と知ったうえで合理的に行動するならば、あなたは投資家の役割を十全に果たしている。投資でお金を増やそうとするのを後ろめたく思う必要などなく、「私は健全な投資家だ」と胸を張って良いのだ。