一般的には、1898年、フィレンツェのアレッサンドロ・マンナレージという男が経営していた食料品店が最初ではないかとされている。

 ある日、できるだけ多くの客を店に集めるために、マンナレージは、店内にカウンターをつくり、コーヒーを立ち飲みさせることにした。ただし、その頃はまだバールとは呼ばれていなかった。カフェで半日でもだらだら過ごすことに慣れていたイタリア人たちは、この店を「カフェ・リッティ」=立ち飲みコーヒーと呼んで面白がった。

 初めは、奇異の目で見られた立ち飲みコーヒーも、やがて人を集めるようになり、商売繁盛。こうして、イタリア中に立ち飲みカフェが広がり、バール文化の源になったと言われているが、残念なことに、この店はもう残っていない。

 立ち飲みのエスプレッソとカプチーノの値段が、安くてほぼ全国一律というのは、イタリア最大のカルチャーショックだった。

 そもそもは国が法律で上限を定めていたというのだが、先のシルビオ・ベルルスコーニ政権の時代、その法律は、地方自治体の管轄に変わった。公益事業連合の会長トゥリオ・ガッリ氏によれば、バールの店内の、客からよく見えるところにきちんと値段が表記してさえあれば、立ち飲みコーヒーの値段をいくらにしてもかまわないことになったのである。

 そうなれば、地方によって、高いところと安いところ、格差が生まれても仕方ないだろう。

「そうだね、地方によっては高いところもあるし、安いところもあるよ。商売する側の自由も大切だからね」と淋しい返事。やはりそうかと、がっかりしながら、2022年のデータを調べてみると……

 トリノ 1.17ユーロ(176円:以下すべて1ユーロ=150円で計算)
 ミラノ 1.09ユーロ(164円)
 フィレンツェ 1.12ユーロ(168円)
 ベルガモ 1.04ユーロ(156円)
 リミニ 1.16ユーロ(174円)
 ナポリ 0.90ユーロ(135円)
 パレルモ 1.03ユーロ(155円)

 ほとんどそろっているではないか!

 ちなみに、ローマでは0.86ユーロ(129円)、住民の7割がドイツ語を話すアルプス地方のトレントが最も高くて1.25ユーロ(188円)、失業率も高く、低所得者も多く、したがって物価も安いシチリア島のメッシーナでは0.89ユーロ(134円)。こうして割り出したイタリアの平均は、1.05ユーロ(158円)。

 自由競争の中に放たれながら、地域差は最大59円に留まっている。