想像を絶するスピードとスケールで10兆円企業をつくりあげた経営者から学ぶべきことは多い。孫正義ソフトバンクグループ代表の評伝『志高く 孫正義正伝 決定版』(実業之日本社文庫)の著者井上篤夫氏が孫氏を深く知る人物と対談し、ビジネスパーソンに学びをお届けする連載「ビジネス教養としての孫正義」の第6回。前回に引き続き、対談相手はイノベーション研究の権威で一橋大学名誉教授の米倉誠一郎氏。日本史におけるイノベーターを研究してきた米倉氏が「孫さんに近いと思う歴史上の偉人」として“幕末の志士”と“三井の大番頭”の2人を挙げてくれた。さらに、語り継がれる経営者としてスティーブ・ジョブズを引き合いに出し、孫正義氏に“足りないもの”を指摘した。(取材・構成/ダイヤモンド・ライフ編集部 大根田康介)
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“幕末の孫正義”
三野村利左衛門とは?
井上 米倉先生の著書『イノベーターたちの日本史』(東洋経済新報社)をとても興味深く拝読しました。その中で、岩崎弥太郎や渋沢栄一など、日本の経営者がイノベーターとして紹介されていましたが、孫さんは誰に一番近いと思いますか?
米倉 明治という時代を演出し、薩長を融合したという点で考えると、この本には出てきませんがやはり坂本龍馬が思い浮かびますね。
龍馬はもともと、単なる土佐藩の下級武士でしたが、そのような人物が幕末の歴史を大きく転換させた。彼はその間一貫して政治よりも貿易というビジネスに興味があった。まさに、「世界を見ちょった」。その生き様が、日本に戻って創業したソフトバンクの小さな事務所で、しかもアルバイト2人の前に立って「1兆円企業になる」と高らかに宣言し、やがて日本のインターネットや携帯市場のゲームチェンジャーとして業界地図を塗り替えた孫さんと重なります。
次に、幕末維新期に「三井の大番頭」として活躍した三野村利左衛門を思い浮かべます。維新後の三井財閥の基礎を作った人です。
1673(延宝元)年に三井高利が創業した越後屋から始まり、呉服屋として大成功を収めた三井家ですが、200年もたって家督を維持する「守りの経営」になっていた。ところが、幕末の大変革に直面した際、保守的になってしまった三井家だけではこの難局は乗り切れないと判断し、新興商人の三野村に全権を委任して「攻めの経営」に転じました。
幕末・維新という動乱の中で、三野村は祖業越後屋を守りつつ、三井物産や三井銀行など新しい事業を始め、三井家をさらに発展させた。彼は素晴らしい起業家であり、イノベーターであると言えます。しかし、彼は仕組みとそれを遂行できる若い人材(渋沢栄一、井上馨、益田孝、中上川彦次郎など)を登用した。孫さんも、そういう人物に匹敵する存在だと思います。
井上 孫さんが歴史に名を残すような人物になるためには、どんな要素が必要でしょうか?