『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第79回は、メディアが騒ぐ“老後2000万円問題”について「無意味」だと一刀両断する。

リスクを取らないリスク

 マンガの作中で、就活生・町田浩子のアポなし訪問を受け入れたDMM創業者の亀山敬司氏は、レンタルビデオ店経営からAV制作に転じた経緯を明かす。「エロからエコまで」の幅広い多角化の背景には、未来のためにリスクを取り続ける経営思想があると語る。

 リスクを取らないリスクほど恐ろしいものはない。これほど投資の本質を表した言葉はない。突き詰めると、投資とは人生のリスク管理そのものだと私は考えている。資産運用でいえば、預貯金などの安全一辺倒より、株式や不動産などへの投資である程度のリスクを取った方が、人生全体ではリスクが下がる可能性が高い。

 多くの人にとって投資の究極の目的は「死ぬまでカバーできる購買力を蓄えること」だ。お金は墓場まで持っていけない。欲しいのは、使いきれないほどのお金ではなく、死ぬその日まで不自由ない生活を維持できる購買力であり、普通の言葉で煎じ詰めれば「一生、金に困らない」だろう。孫子に資産を残してやりたいという人もいるだろうが、私自身はそうしたマインドがない。

 新NISA(少額投資非課税制度)などを通じた資産形成や、もっとアグレッシブに早期引退を狙うFIREでは、「金融資産3000万円」「年間支出の25倍」といった形で目標金額を決める場合が多い。だが、金額ベースの値は、購買力という本質から考えるとあまり意味がない。大事なのは物価変動を加味した実質的な資産価値だ。

 ちなみに、ひところ騒がれた「老後資金2000万円問題」も金額ベースの発想だが、こちらは前提と試算が粗すぎて2000万円という金額自体が無意味だ。「2000万円問題に備えて」という枕ことばを見かけたら、その論者は眉唾モノと思って良い。不安をあおるセールストークの便利なリトマス試験紙程度にとらえておこう。

購買力維持の「脅威」とは?

漫画インベスターZ 9巻P183『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 30年、50年という単位でみれば、購買力維持への大きな脅威はインフレと通貨安だ。長年のデフレで忘れられていた普遍のルールをこの数年のインフレで実感した人は多いだろう。

 お金を預金に寝かせていれば、物価が上がった分だけ購買力は下がる。通貨の下落が重なれば預金の価値はさらに毀損される。こちらも1ドル150円を超えて進む円安という格好の教材が脅威を教えてくれる。

 とはいえ、現実には名目ベースで目標を決めないと、「月々いくら積み立てる」といった具体的アクションに結び付かない。目標金額を仮のゴールとして、株式や不動産などインフレ耐性のある資産への投資をキープするのが常道になる。

 数年に一度で良いので、インフレ状況を勘案して名目ベースのターゲットは修正していく。今から5年前に長期のマネープランを立てた人は物価高を織り込んだ修正が必要と言われれば理解しやすいのではないか。繰り返すが、最終目的は購買力の確保だ。

 付け加えておくと「リスクを取らないリスク」という考え方を、短期の投資行動に結びつけるのは得策ではない。株式市場では「持たざるリスク」というフレーズをよく耳にする。上昇著しい場面で出遅れると他の投資家に置いていかれるといったニュアンスで使われるが、これは運用成績を上司や顧客にチェックされるプロの投資家の発想だ。

 個人投資家が「買い遅れる」と焦るのはヤケドのもと。それよりも、長期で見て自分が取るべきリスクは何か、じっくり考えることに集中した方が良いだろう。

漫画インベスターZ 9巻P184『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 9巻P185『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク