『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから紐解く連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第80回は、労働者と資本家の違いを解説。どちらが「正解」というわけではない、と説く。

労働者か、資本家か?

 起業家志向に目覚めた町田浩子は「労働者は自分の命である時間を切り売りして生活する人」と極論を展開する。後輩の沢松は侮蔑的な物言いに反感を覚えるが、浩子は「やりがい搾取」や終身雇用の実態を舌鋒鋭く批判する。

 労働者は時間=命を切り売りしているという浩子の指摘は、身もふたもない物言いながら、一定の真理を含んでいる。資本家(起業家)になるか、労働者になるか。それは個人の選択でしかないし、どちらが幸福かは分からない。「稼ぎの多寡がすべてじゃない」という当たり前の前提を確認したうえで、両者を分けるのは何かを整理しておこう。

 資本家と労働者の違いは、富を生むレバレッジの活用にある。レバレッジ=テコをつかって、ビジネスの成果を大きく膨らませ、掛け算で富を増やせるのが資本家だ。一方、労働者の報酬は基本、労働時間や仕事の成果に比例する。こちらはやった分だけ、つまり足し算で富が増える。

 伝統的かつ代表的なレバレッジは「カネ」と「ヒト」だ。「カネ」とは株式発行や借金による資本の調達を指す。自己資金に他人のカネを加えて元手をかさ上げし、事業拡大の速度を上げれば、それだけ果実は早く、大きく育つ。

「ヒト」は文字通り、労働力だ。社員を雇い入れ、チームで仕事量をこなせるようになれば、ひとりでビジネスを展開するより収益は何倍にも拡大できる。単純なレバレッジという観点からは、浩子の指摘通り、労働者は資本家に活用される側という見方が成り立つ。

富を膨らませる「3つのレバレッジ」

漫画インベスターZ 10巻P6『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 シリコンバレーのエンジェル投資家ナヴァル・ラヴィカント氏はこの2つに加え、「限界費用ゼロで複製できるプロダクト」が現代社会ではより重要なレバレッジだと位置付ける。具体的にはコード(ソフトウェア)や、ブログ・動画などのメディアがそれに当たる。

 ラヴィカント氏は、伝統的なレバレッジとの決定的な違いを「非許可制」に見出す。カネは誰かに出してもらうことになるし、ヒトを増やすには働き手に労働条件を受け入れてもらわなければならない。ともに自分以外の他者の承諾が必要だ。

 それに対して、ソフトウェアやコンテンツの拡販・複製は自分ですべてコントロールできる。しかも、新たな顧客に追加提供するコスト(限界費用)が極めて低い。

 この見立ての正しさは米国のIT大手の隆盛をみれば明らかだろう。YouTuberやブロガー、インフルエンサーといったコンテンツを大規模に拡散してマネタイズするクリエイターも、同様のレバレッジを活用している。

 なお、私もYouTuberの端くれだが、開始9カ月でチャンネル登録者数はまだ2万7000人ほど。残念ながらレバレッジの恩恵を感じるようなレベルにはほど遠い。

 3つのレバレッジに共通するのは、テコを利用して拡大する「種」、ビジネスやサービス、コンテンツのアイデアがなければ、話が始まらないことだ。そして、当たり前だが、たとえアイデアに賭けたとして、起業が報われるとは限らない。自分の時間とスキルを提供して着実に対価=給料を受け取る労働者の方がリスクは低い。

「フリーランチはない」という市場経済の鉄則は、ここでも成り立つ。資本家か、労働者か。それは選択であって、どちらが「正解」といった類いの話ではない。

漫画インベスターZ 10巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 10巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク