いま人類は、AI革命、パンデミック、戦争など、すさまじい変化を目の当たりにしている。現代人は難問を乗り越えて繁栄を続けられるのか、それとも解決不可能な破綻に落ち込んでしまうのか。そんな変化の激しいいま、「世界を大局的な視点でとらえる」ためにぜひ読みたい世界的ベストセラーが上陸した。17か国で続々刊行中の『早回し全歴史──宇宙誕生から今の世界まで一気にわかる』(デイヴィッド・ベイカー著、御立英史訳)だ。「ビッグバンから現在まで」の138億年と、さらには「現在から宇宙消滅まで」に起こることまでを一気に紐解く、驚くべき1冊だ。本稿では本書より特別にその一節を公開したい。
四つの「基本的な力」が固まった
ビッグバンのほんのわずかのちに──10のマイナス35乗秒後に──宇宙はグレープフルーツほどの大きさに膨張した。肉眼でも見えるサイズだ。温度は11.3オクティリオン(10の27乗)ケルビン以下にまで冷えた。物理学の四つの基本的な力が現在のようなかたちに“固まる”のに十分な冷たさである。「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」の四つの働きに一貫性が生まれた。
このとき以来、宇宙は物理の諸法則に支配されている。物理法則がわずかでも違うかたちで定着していたら、宇宙は現在とはまったく違う進化を遂げていただろう。
この間、量子レベルの波紋(量子ゆらぎ)が、小さなエネルギーの塊を動かした。宇宙のエネルギーの分布に、ほんの少しばらつきが生じた。このばらついたエネルギーの塊が、物質、複雑さ、恒星、惑星、動物、植物、そして人間も含む、宇宙に存在するすべてのものへと姿を変えていくことになる。
ビッグバンの10のマイナス32乗秒後、宇宙は1メートルほどの大きさになり、宇宙の建設における力仕事が終わった。宇宙のメカニズムが動きはじめ、時を刻みはじめた。
ここまでの最初の一瞬で、私たちの運命は全宇宙の構造に刻み込まれた。ここから先が「歴史」である。
10秒後、宇宙は「10光年の大きさ」になった
次の10秒間で宇宙は10光年の大きさになった。温度は50億ケルビンまで下がりつづけ、純粋なエネルギーが凝集して生まれた小さな粒子が渦を巻いて飛び交った。相反する性質のクォークと反クォーク、陽電子と電子、つまり物質と反物質が生まれて飛び交ったのだ。物質の多くは反物質にぶつかった瞬間に爆発して閃光を発し、ふたたびエネルギーに戻った。
だが物質10億個につき1個だけは、反物質とぶつからなかった。そんな一部の物質が、長い時間をかけて、いま私たちが目にしているすべてのものを形づくった。この最初の10秒に起こった奇跡によって、私たちは無から有に生まれ出たのである。
次の3分間、宇宙はさらに膨張を続けて1000光年を超える大きさになったが、情け容赦のない放射線が、そのすみずみにまで満ちていた。
生き残ったクォークは、冷えたとはいえまだまだ強烈な熱によって、陽子と中性子へと鍛え上げられた。この陽子と中性子が、水素原子とヘリウム原子の核(原子核)になった。
水素とヘリウムは、すべての元素の中でもっとも単純な、最初に生まれた元素である。水素は原子核として陽子1個だけを必要とする。それに比べればヘリウムはもっと多くの要素が必要なので、生まれた数は水素より少なかった。
宇宙は1億ケルビン以下まで冷えたが、温度の低下が速すぎて、水素とヘリウム以外はほとんど生まれなかった(リチウムとベリリウムがごくわずかに生まれただけだった)。もっと重い元素が生まれるのは1億年以上あと、恒星が誕生してからのことだ。
宇宙は「ガスの雲」で満ちはじめた
宇宙はその後、何万年ものあいだ膨張と冷却を続けた。
ビッグバンから38万年経過したとき、宇宙のサイズは1000万光年を超え、温度は3000ケルビンまで冷えていた。
冷えたといっても溶岩の温度の2倍、金やダイヤモンドを炎天下のアイスクリームのように溶かすほどの高温だ。ほとんどの複雑な構造が消滅するほどの高温だが、水素とヘリウムの原子核が電子を捕獲して完全な原子になれる程度には冷めた温度だったので、宇宙は水素とヘリウムのガスの雲で満ちはじめた。
このとき宇宙の密度も低下して、放射線と粒子が立ちこめる空間を、光子がはじめて自由に行き来できるようになった(「宇宙の晴れ上がり」として知られる現象)。光子が四方八方に飛び交い、目を焼くような閃光が走った。この閃光は、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)として知られており、今日でも、宇宙の中をあらゆる方向に飛び交っているのを検出することができる。
実際、ラジオやテレビで電波ノイズを拾うと、ノイズの約1.1%がCMBからのものだ。CMBは生まれたばかりの宇宙の“スナップショット”であり、はるか昔の宇宙を垣間見る手がかりである。
(本稿は、デイヴィッド・ベイカー著『早回し全歴史──宇宙誕生から今の世界まで一気にわかる』からの抜粋です)