スタンフォード大学の行動科学者であり、スタンフォード大学行動デザイン研究所の創設者兼所長が20年かけて開発した「人間の行動を変える衝撃メソッド」を公開した書籍『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)。本国アメリカではニューヨーク・タイムズ・ベストセラー、ウォール・ストリート・ジャーナルベストセラー、USAトゥデイベストセラーとなり、すでに世界20ヵ国で刊行が決まっている。
「ダイエット」「勉強」「筋トレ」といった日々の習慣から、「起業」「貯蓄」など大きな目標に向かう行動、悪習を「やめる」という行動、さらにはパートナーや子ども、部下など「他人の行動を変える」方法まで、行動の変化に関するあらゆる秘訣を網羅した驚異的な一冊だ。
著者はそれがどんな種類の行動であれ、すべて「能力・モチベーション・きっかけ」の調整によって変化を起こせると説く。本書の理論を頭に入れれば、今後の人生においてとても大きな武器となり財産となるはずだ。
では、具体的にどんな理論であり手法なのか。本稿では本書から特別に一部を抜粋して紹介する。(初出:2021年5月29日)
朝からデジタルの渦に飲み込まれてしまう
──無駄なスマホでやりたいことができなくなる
ケイティにやめたいと思っている習慣について聞くと、彼女は文字通り椅子から飛び上がった。
「ベッドでスマホをいじること! やめたいのに、どうしてもやめられない。ベッドでえんえんとフェイスブックに没頭してしまうせいで、朝の運動をサボってしまうことがあるの」と彼女は打ち明けた。
どうやら、スマホを目覚まし代わりにしているのがそもそもの原因だった。ベッドの脇のテーブルに手を伸ばしてアラームを止めると、横になったまま操作を始めるのだ。
アラームは何時に設定しているのかと聞いた。
答えは、午前4時半。
「ワオ」と私はうなった。
その年の初め、ケイティは「毎朝、起きたらまず運動をする」と誓いを立てた。
実際、運動する日もあったが、しない日がほとんどだった。
だがこれは、意図してそうなったわけではない。せっかく早起きしても、デジタルの渦に飲み込まれてしまうのだ。新着を知らせる赤い表示があると無視できなかった。タッチして動画を観ると、そこから知りもしない誰かのコンテンツへ飛び、さらにまた次の動画となり、やがて5時半を知らせるアラームが鳴る。
そうしてまた、自分自身に約束した運動をせずに一日が始まる。待ち受けているのは自己嫌悪と罪悪感。彼女は自分が陥っているパターンがよくないとわかっていたが、毎日、あまりに多くのことをしているせいで、「自制心」を使い果たしているのだと自分に言い訳していた。(中略)
「朝のスマホいじり」の解決策は?
(編集部注)本書では先に、「人の行動が起こる仕組み」について、次のように説明されている。「ある行動が起きるのは、MAP(モチベーション、能力、きっかけ)が、一定の条件を満たしたときだ。『モチベーション』とはどれだけそれをしたいかというあなたの思い、『能力』はその行動に対する自分の能力の高さ(やりやすいか、やりにくいか)、『きっかけ』は行動をうながす何らかの刺激を意味する」
彼女はどうすればスマホにのめり込む習慣をやめられるだろう。
この習慣に関して彼女のモチベーションは高く、行動はきわめて簡単だ。したがってこの習慣は、彼女の行動曲線のはるか上に位置している〔下図参照。「モチベーションが高く、実行しやすい行動」ほど「行動曲線」の上にくる。行動曲線の上にある行動ほど定着しやすい〕。
彼女が変えられるのは何か?
「モチベーション」だろうか?
それは無理そうだ。自分が発信した情報に「いいね」をしてもらったときのうれしさは格別だ。ケイティは友人の近況を知りたいし、フェイスブックはそれをかなえてくれる。モチベーションは低下しそうにない。
「能力」(やりやすいか、やりにくいか)はどうだろう? これは変えられる可能性が大いにある。
ケイティには、フェイスブックのアカウントを抹消するという選択肢がある。だが、これは極端すぎるだろう。余裕のあるときにニュースをチェックするくらいなら問題はないのだから。
そこで考えてみると、ベッドの中でスマホを操作しにくくする方法はほかにもある。
まず、フェイスブックのアプリをスマホからアンインストールする手がある。スマホを部屋の隅のチェストに置くこともできる。あるいは、車に置きっぱなしにするのはどうだろう。
ケイティはSNSや動画を閲覧したいというモチベーションがあまりに強かったため、いろいろな方法を試し、最終的に2本立ての解決策に落ちついた。
夜はスマホをキッチンに置き、寝室では昔ながらの目覚まし時計を使うことにしたのだ。スマホと物理的な距離を保つことで操作をやりにくくし、深夜や起床時にスマホを見る「きっかけ」を完全に排除したのである。
「モチベーション、能力、きっかけ」を調整する
行動が起きる3つの要素(モチベーション、能力、きっかけ)のうち、ある要素を変えられないなら(ケイティの例ではモチベーション)、他の要素(能力ときっかけ)を変える方法に集中すべきだ。
ケイティの運動の習慣はどうなったか? 結果的に、何の調整もいらなかった。スマホという邪魔者を取り去ると、すでに整っていた計画と器具のおかげで運動を開始できた。
工夫すれば、身につけたい行動でも、避けたい行動でも、自分が望むようにデザインできる。
ケイティはそれをかなり簡単に実現したが、まずはベッドでスマホに没頭する習慣の原因を理解する必要があった。
行動デザイン・ブートキャンプから数ヵ月後、ケイティは、ようやく自分の生活に運動の習慣をしっかりと組み込めて満足していると語ってくれた。朝食時やちょっとしたスキマ時間などに、まだスマホに熱中することはあるが、以前のようにとりつかれることはない。ほとんど毎日、朝の時間を有意義に過ごせるようになった。彼女は体がかつてないほど強くなったと感じているが、何より重要なのは、行動デザインによって人生におけるどんな行動も改善できると学んだことだ。
(本原稿は『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)からの抜粋です)
スタンフォード大学行動デザイン研究所創設者兼所長。行動科学者
大学で教鞭をとるかたわら、シリコンバレーのイノベーターに「人間行動の仕組み」を説き、その内容はプロダクト開発に生かされている。タイニー・ハビット・アカデミー主宰。コンピュータが人間行動に与える影響についての実験研究でマッコービー賞受賞。フォーチュン誌「知るべき新たな指導者(グル)10人」選出。スタンフォード大学での講座では、行動科学の実践により10週間で2400万人以上がユーザーとなるアプリを開発、リーンスタートアップの先駆けとして大きな話題になった。教え子からインスタグラム共同創設者など多数の起業家を輩出、シリコンバレーに大きな影響を与えている。『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』はニューヨークタイムズ・ベストセラーとなり、世界20ヵ国で刊行が進んでいる。
須川綾子(すがわ・あやこ)
翻訳家
東京外国語大学英米語学科卒業。訳書に『EA ハーバード流こころのマネジメント』『人と企業はどこで間違えるのか?』(ともにダイヤモンド社)、『綻びゆくアメリカ』『退屈すれば脳はひらめく』(ともにNHK出版)、『子どもは40000回質問する』(光文社)、『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(日本経済新聞出版社)などがある。