(Joseph E. Stiglitz)
2001年ノーベル経済学賞受賞。1943年米国インディアナ州生まれ。イェール大学教授、スタンフォード大学教授、クリントン元大統領の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミスト等を歴任。現在はコロンビア大学教授。
中国の為替レートをめぐる米中間の摩擦は依然として続いている。今回の大不況が始まったとき、保護主義がその醜い頭をもたげるのではないかと多くの人が心配した。確かにG20諸国の指導者たちは、大恐慌から教訓を得ているので同じ過ちは繰り返さないと約束した。
だが、G20諸国のうち17ヵ国が、2008年11月の第1回サミットのわずか数ヵ月後に保護主義的措置を導入した。アメリカの景気対策法案の「バイ・アメリカ」条項は、なかでも最も関心を集めた。それでも、世界貿易機関(WTO)の働きもあって保護主義は抑え込まれた。
先進経済諸国の景気が引き続き低迷していることで、再び保護主義のリスクが高まっている。たとえばアメリカでは、フルタイムの職を望んでいる労働者の6人に1人以上が、そうした職を見つけることができない。
重要なのは米中間の貿易収支ではなく
中国の対世界の貿易収支
保護主義の台頭は、アメリカの不十分な景気刺激策――景気回復だけでなく議会をなだめることも目的としていた景気刺激策に伴うリスクの一つだった。財政赤字の増大で第2次刺激策は打ち出されそうにないし、金融政策は限界に達し、インフレ・タカ派が騒ぎ立てているなかで、その方面から助けが得られる望みもほとんどない。そのため、保護主義が勢いを増している。
アメリカ財務省は議会から、中国が「為替操作国」であるかどうか判定するよう命じられている。オバマ大統領はティモシー・ガイトナー財務長官が議会に報告書を提出する期限を数ヵ月先送りしたが、「為替操作」という概念自体に問題がある。すべての国の政府が為替レートに直接または間接的に影響を及ぼす行動を取っているからだ。
無謀な財政赤字は通貨の弱体化につながることがあるし、低金利もまたしかりである。先頃のギリシャの危機までは、アメリカは対ユーロでのドル安から恩恵を受けていた。ヨーロッパの人びとはアメリカに対して、ヨーロッパを犠牲にして輸出を拡大するために為替レートを「操作」していると非難するべきだったのか。