2020年の実用化に向けて研究・開発が進められている次世代通信規格「5G」。高速・大容量のデータ通信を低遅延で実現する新しい通信システムは、私たちの生活やビジネスをどう変えるのか。長らく国際標準化の作業にも携わり、現在、5Gを活用した応用分野の研究・開発に取り組む東京工業大学工学院教授の阪口啓氏に、国内外の最新事情について語ってもらった。

平昌五輪で5Gのデモ用端末が披露
年内にも米国で商用化がスタートか

阪口 啓(さかぐち・けい)
東京工業大学 工学院 電気電子系
総合IoT技術グループ教授

1998年、東京工業大学大学院総合理工学研究科物理情報工学専攻修士課程修了。2006年、博士(工学・東京工業大学)。現在の研究分野は5Gセルラーネットワーク、ミリ波通信、無線電力伝送。東京工業大学教授のほか、ドイツのフラウンホーファーHHIの上級研究員(Senior Scientist)でもある。IEEE会員、IEICE(電子情報通信学会)会員。

 2018年2月、冬季五輪に沸く平昌に私はいた。目的の一つは、韓国政府が主催する「EU-Koreaシンポジウム」に日本代表のパネラーとして参加することだったが、滞在中、江陵(カンヌン)で、我々の研究仲間でもあるETRI(韓国電子通信研究院)のメンバーが、28GHzの周波数帯を使って次世代通信「5G」のデモンストレーションを行うので、それを見に来てほしいということだった。

 ICT立国を標榜する韓国は、冬季五輪を好機とばかりに自国の先端技術を世界にアピールするのに躍起になっていた。競技会場のある平昌、江陵には、5G関連の公式・非公式のブースが多数出展されていた。その多くは予想できる範囲のものだったが、なかでも印象的だったのが、KOREA TELECOM(KT)が展示していた5Gのデモ用タブレットだ。チップセットを開発したのはサムスン電子である。実際に手に取ってみると、試作品ではなく、使い勝手はかなり商用レベルに近いものだった。

 5Gは、2020年の東京五輪をターゲットに実証実験や研究・開発が進められているが、商用化のレベルはさまざまあり、そのスケジュールは各国の意向によってばらつきが想定される。最も早いのが米国で、従来の光ファイバー回線を5Gの無線に置き換える「FWA(Fixed Wireless Access)」というサービスが年内にもスタートする見込みだ。実はサムスン電子は、ベライゾンと組んですでに米国でFWAのトライアルを実施している。インフラビジネスを見越して、チップセットを開発したのであり、タブレットで商売をしようとは思っていないはずだ。

 米国の次が日本だが、いまは「死の谷」とも言える状態。商用化にあたって、いかに魅力的なアプリケーションを用意できるかが問われている。ご存じの通り、5Gは一般ユーザーだけを対象としていないので、ビジネスやサービスをいかに立ち上げるかが重要な問題である。従来、通信業界とタイアップすることがあまりなかった医療や建設業界なども巻き込み、国を挙げて実証実験が行われているのには、そうした背景がある。

 加えて、従来はオペレーターが基地局を打って、端末も売るというB2Cビジネスが主流だったが、5G時代には、オペレーターが基地局を打って、カスタマーのビジネスをサポートするパートナーがいて、そこが端末を使ってビジネスを立ち上げるという、B2B2Cの取引スタイルになるので、ひと手間増えることからも商用化に時間がかかっている。

 おそらく一番早く立ち上がるのは、コンシューマー向けのVRやARのアプリだろう。それがきっかけとなり、もう少し社会に根差したアプリが登場すると思われる。ゲーム感覚で建物がつくれるような時代が来るかもしれないし、バーチャルオフィスが働き方改革を促進するかもしれない。大学に来なくても授業や研究ができるようになるかもしれない。