わが国の大企業は今、平均して従業員1人当たり月額約2万6000円(※1)もの法定外福利厚生費を負担している。しかし、この支出が、必ずしも有効に使われているとはいえない。社会環境、経営環境の変化に制度が取り残されているケースが少なくないからだ。福利厚生は比較的低コストで、様々な経営的効果を実現するポテンシャルを有する。採用力を高め、従業員満足度を向上させ、企業の生産性向上等に寄与する「戦略的福利厚生」の構築のポイントを探った。
「最近の福利厚生施策は、以前とはずいぶんと性格を変えています」と、山梨大学の西久保浩二教授は切り出した。「年功処遇・終身雇用が人事制度の基本モデルであった時代には、例えば、低賃金に甘んじる若年層などを代表とする生活支援が、福利厚生の基本的な目的でした。ところが、バブル崩壊後、旧モデルが見直されるとともに、福利厚生施策の目的が大きく変化したのです」。
では、現代の福利厚生の目的とは何か。西久保教授は、「組織と人材の活性化です」と言う。その背景にあるのが、成果主義の拡がり、非正社員化、ICTの浸透などに伴う職場環境の激変だ。個人は生産性の向上、短期的な成果を要求され、チームの一体感の維持が難しくなり、職場のストレス度が増した。
結果的には、メンタルヘルスにも悪影響が及ぶことにもなっている。そこで、他部門も含めた従業員間のコミュニケーションを活発化させ、仲間同士の絆を深めることで会社を盛り上げるための福利厚生策が模索されたのだ。
もう一つ、見逃せないのが「コストをかけずに生産性を上げるツールとしての福利厚生施策の見直しです」。ここで注目したいのが、人間の持つ「返報性心理」である。「福利厚生制度の利用経験と従業員満足度には、非常に強い因果関係が確認されます」と、西久保教授は明かす。近年、給与は自身の成果や能力の対価との意識が強まっていますが、福利厚生は対比的に企業からの支援、救援といったニュアンスが強い。ニーズ合致した制度が先行的に提供されることによって、その分、しっかりと働いて企業に報いよう、借りを返そうという気持ちが生まれてくる。これが返報性心理だ。
例えば、病気やケガで休養を余儀なくされたときにも、治療費の補助がなされ、育児や介護で仕事との両立が難しいときに、ベビーシッターやヘルパーの利用料金を一部負担してくれるなど、制度を利用したり、あるいは利用できて助かっている同僚を間近に見たりして、「会社は従業員の生活のことを考えてくれている」と、安心して仕事に集中できるわけだ。