これまで、不況、デフレに直面してきた中でも、多くの企業がCSR(企業の社会的責任)を果たしてきた。しかし、企業が追求する経済的価値(利益)と社会的価値を同時に実現することができたら……。マイケル・E・ポーターが提唱する 「CSV(共通価値の創造)」はこの考え方が基になっている。元来、日本企業は企業風土的、歴史的にもこのコンセプトに対する親和性が高く、すでに実現しているケースも多い。その全体像を改めて俯瞰し、実例とともに紹介する。
川村雅彦 氏
1988年、株式会社ニッセイ基礎研究所入社。都市開発部社会研究部門を経て、2006年より現職。共著に、『図解20年後の日本──暮らしはどうなる? 社会はどうなる?』(日本経済新聞出版社)、『環境経営入門──サスティナブルマネジメントを目指して』(日本工業新聞社)などがある。
ハーバード大学の教授であり、企業の競争戦略論で知られるマイケル・E・ポーターなどにより、2011年、CSR(企業の社会的責任)に代わる新しい概念として提唱されたのが、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)と呼ばれるコンセプトだ。
これまでの企業は「企業活動で社会に与えた影響に対応する」という考え方に基づき、環境対策やコンプライアンス(法令遵守)の実施といったCSRに取り組んできた背景がある。
しかし、本質的に利潤の追求を目的とする企業と、寄付や社会貢献活動を通じて社会的な問題の解決を目指す従来型のCSRには大きな隔たりがある。昨今では、CSR活動がマンネリ化するなどの「行き詰まり」も見られるようになっている。
このような現状を受け、企業による慈善活動的な社会貢献だけで、新たな価値創造や社会変革を起こすことはできない、とポーターは説く。
リスク対策としての
CSRと表裏一体
そこで注目されているのが、CSRと利潤追求という、本来は相反するものを解決する、新たなCSR活動だ。
ニッセイ基礎研究所の上席主任研究員として、CSRや環境経営を専門とする川村雅彦氏は、次のように指摘する。
「ポーターの言うCSVとは、善行的な社会貢献という従来のCSRが抱えた限界を踏まえた上で、社会的な課題の解決と企業の競争力向上を同時に実現するという意味。『事業戦略の視点で見たCSR』と言い換えてもいいと思います」
ただし、CSVが、本来のCSRに置き換わるものではないという点には注意が必要だという。川村氏は、「CSV=儲かるCSR」という安易な理解にも警鐘を鳴らす。
「企業が、自らの企業活動の結果として社会に影響を与えた場合、それに対処するのは当然のことです。ところが、CSVのみに注目してしまうと、社会的責任を果たすというCSR本来の視点が軽視されかねません」
企業のブランドイメージを守り、コンプライアンスを実施するリスク対策としてのCSRは、CSVと表裏一体の関係にあり、どちらも欠かすことができないもの。言わば同時に二つの方向を目指す必要がある。