オフィス後進国ニッポン 経営改革はオフィスから始まる

多くの日本企業が海外に進出し、グローバル企業として業績を上げている。
片や国内では、超高齢少子化社会の中で、多くの企業が人材確保や継続的事業発展に必要な戦略を模索している。その中で「経営改革」「知的生産性の向上」「新規事業開発」……、解決しなければならない経営課題は多い。その糸口は、実はオフィスづくりにあった。

中村喜久男
日本オフィス家具協会会長 1933年生まれ。東京都立大学(現・首都大学東京)卒業。57年、岡村製作所入社。京橋営業所長、首都圏営業部長を経て、73年に取締役就任。93年より代表取締役社長。2004年に代表取締役会長就任。ニューオフィス推進協議会副会長、日本オフィス学会副会長。

「このグローバルビジネス時代にあって、ことオフィスに関しては、日本は後進国だ」と日本オフィス家具協会(JOIFA)の中村喜久男会長は嘆く。例えば高さが自由に変えられる上下昇降デスク。最近になって、働くときの姿勢を変えられるとして、日本のオフィスでも導入されるようになってきたが、実は30年ほど前、米国シカゴで開催された世界最大級の家具・インテリアの見本市「NeoCon」(Neo Convergence)で、体格が違う人でもそれぞれ最適なポジションを得られるデスクとして提案されたものだという。しかし、日本のオフィス家具メーカーが関心を示しても、それを導入したいという企業はなかった。中村会長は「企業がオフィス家具に求めるものは価格だけで、使いやすさや目的を考えていない」と苦言を呈する。

 その理由を、日本オフィス学会の松岡利昌会長は「経営者の意識改革の遅れ」にあると分析する。

 マーケットが拡大し続けていた経済成長期は、人を増やすことが企業の成長に直結していた。そのためオフィスでは、デスクと電話を増設するだけで働く場所が確保でき、スペース効率が良い対向式のデスク配置が一般化した。
「すでに少子化で就業人口の減少が問題化しており、量を追求する時代ではない。オフィスはコアビジネスを支える重要な場であることを再認識して、ナレッジワーカーの知的生産性を高めなければならない」(松岡氏)

ワーカーの幸福を
追求する先進オフィス

 もともとワーカー一人一人のパフォーマンスを上げることを重視している海外のオフィスで、最も進んでいるのはアップルやグーグルが本社を構える米国カリフォルニア州のシリコンバレー一帯で、オーストラリアのシドニー、メルボルンにも先進オフィスの例が多数あるという。

「先進オフィスでは、ワーカーが自由に働く環境を選ぶことができるABW(Activity Based Working)が導入されている」(松岡氏)

 ABWは、ワーカーがいつ、どこで、どのように働くかを選択できる働き方のことで、オフィスには幾つもの異なるデザインのワークプレイスが求められる。また、ワーカーのウェルビーイング(幸福感)を実現するための方法論であり、これによって個人の権利を保障し、自分の能力を発揮しながら仕事で自己実現していくことがエンゲージメント(会社への愛着)を高め、健やかで楽しいワークライフにつながるという。

 メルボルンの大手保険会社のオフィスでは、上下昇降デスクは当たり前のこととして、吹き抜けを中心に、スロープでつながった各フロアを自由に動き回れる通路や、多彩なワークプレイス、カフェやサロンなど出会いのスペース、LGBT(性的マイノリティ)に配慮したラバトリーも設置している。ワーカーの健康増進のため、自転車、徒歩、ジョギング通勤を奨励しているので、24時間使えるシャワールームには自由に使えるタオルが備えられており、着替えを置くロッカールーム、駐輪場も用意した。社員食堂で提供される食事も、食材から水、コーヒー豆に至るまでオーガニック食材にこだわっているという。

 海外では、ワーカーのウェルビーイング実現のため、企業はオフィスにここまでの投資をしているのである。

イノベーションは
会話から生まれる

松岡利昌
日本オフィス学会会長 松岡総合研究所 代表取締役/経営コンサルタント 1959年生まれ。慶應義塾大学卒業。米国ハーバード大学留学を経て、慶應義塾大学大学院修士課程修了(MBA取得)。外資系コンサルタント会社を経て91年に独立。美術、建築、デザインの知識と経営戦略支援の実績との融合を目指し、企業経営戦略の視点による「日本的ファシリティマネジメントコンサルティングサービス」を行っている。京都工芸繊維大学大学院特任准教授。

 日本では、企業に限らずワーカーもまた、真面目で勤勉で、そして保守的である。ABWからウェルビーイングに至るオフィスを受け入れる土壌があるのだろうか。松岡氏によれば、すでにABW導入によって成功を収めた企業があるという。

 あるゲーム会社は、スマートフォンに対応した新しいゲームの開発が急務だった。そこで、オフィス移転を機に、ABWを導入。旧オフィスにあったパーティションで区切られた個人空間を廃したオープンオフィスで、従来の“こもる”働き方から“交わる”働き方へと変換を図った。無駄だと思われるほどの幅3メートルを超える中央通路の壁面はホワイトボードとして使えるようにし、多過ぎると思われるほどの200を超えるオープン/クローズのさまざまな会議室、300平方メートルのカフェラウンジ、畳エリアもあり多くの観葉植物を置いたグリーンラウンジなど、人が自然と集まり、移動の際の偶然の出会いから打ち合わせやミーティングに発展していけるような場所を幾つも設けた。

「会話のないところにイノベーションは生まれない」と松岡氏は言う。実際、このオフィスでは、クリエーターの働き方が一変した。オープンな会議スペースで行われていたミーティングの行き詰まったテーマを通り掛かりの他チームのクリエーターが解決したり、立ち話で始まったブレストに多くの人が注目したり、必要とする知恵やアイデアが集約と拡散を繰り返した。そして、そこから生み出された新たなゲームが、大ヒットするという結果へとつながった。

 当初、経営陣は無駄と思われるスペースばかりの新たなオフィスプランに猛反対した。それを根気よく説得して実現させたのは、1人のファシリティマネジャーの強い意志だった。コアビジネスを理解し、経営戦略的な視点からオフィスを企画・管理・運営するファシリティマネジメントの重要性がよく分かる事例である。

「オフィスが変われば、そこで働く人は会社の方針を理解し、仕事に対する認識が変わる。つまり、オフィスはイノベーションを起こす触媒として働き、加速装置になる可能性を秘めている。オフィスづくりは投資であり、戦略的投資を行っている企業は、すでにオフィスに価値を見いだしているはずだ」と松岡氏は語る。

「経営者にオフィスを変えるという強い意識がなければオフィス改革は実現できない」。中村会長の指摘は重いが、日本のオフィスが遅れていることは、実は幸運なのかもしれない。経営者の手には、会社を飛躍させるためのオフィス改革という切り札が残されているのだから。