人事部の役割が大きく変わろうとしている。人事評価を含めた人事制度の改革に取り組む企業も少なくない。大きな方向性は、一律管理から個に対する支援。社員一人一人の成長やキャリア形成をサポートする役割が、人事部には求められている。ただ、人事部だけでは限界がある。各部門の上司のマネジメント能力向上が欠かせない。

 企業の人事制度、人事部の在り方は大きく変わりつつある。その変化の方向性について、慶應義塾大学大学院特任教授の高橋俊介氏は次のように語る。

「多くの日本企業はこれまで、極端に言えば社員の人生を支配しようとしてきました。転勤や職種転換を求められれば、社員は黙って従う。その代わりに、企業は社員の終身雇用を守る。このようなモデルが崩れつつある中、企業は社員とどのような関係を構築すべきか。現在見られる重要な動きが、制度による一律管理から個に対する支援へのシフトです。人事部は自律的なキャリア形成をサポートする役割が求められています」

人事評価の三つの目的
その切り分けが重要

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科
特任教授
高橋俊介氏

1954年生まれ。東京大学工学部卒。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ワトソンワイアット(現タワーズワトソン)日本法人社長などを経て、97年に個人事務所ピープル・ファクター・コンサルティングを設立。2000年に慶應義塾大学大学院教授に就任。『ホワイト企業 サービス業化する日本の人材育成戦略』(PHP新書)、『組織マネジメントのプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)など著書多数。

 いまや、終身雇用を守ると言い切れる企業はごく一部だろう。また、中高年層が増えつつある企業は年功給やポストの魅力で、社員のモチベーションを維持することも困難だ。自律的なキャリア形成支援へのシフトは、ある意味で必然といえる。

 以前のような一律管理が難しいとすれば、企業はどのような形で社員に向き合うべきだろうか。まず、企業が社員を評価することの意味を考えてみよう。そこには大きく三つの目的があると高橋氏は話す。

「第一に、賃金を決めるため。第二に、社員の将来を決めるため。昇進や配置などの判断材料とするために、アセスメントを行うという側面があります。第三に、考え方や行動の変容を促す。そのためには、評価内容を本人に隠すわけにはいきません。フィードバックが必須です。これらの三つをきちんと分けて、何のための評価かを明確にする必要があります」

 三つの目的が混在すると、さまざまな問題を引き起こす可能性がある。例えば、賃金を決めるための面談の場で、本人の成長を促そうとして上司が評価をフィードバックしても、素直には聞いてもらえないだろう。そこで、「最近は賃金のための評価という側面が薄れ、主目的を社員の変容促進とする企業が増えています。場合によっては、そこにアセスメントが加わることもあります」と高橋氏は言う。

 では、賃金はどのように決めるのか。キーワードは市場評価、つまり相場である。市場での競争激化に加えて、人材不足が顕在化する中、相場を無視した賃金制度では時代に取り残されるばかり。同業他社、同一職種ではどの程度の賃金が支払われているかを知り、一定のゾーンに収める必要がある。その実務を担うのが人事部だ。

 ただし、社員の変容促進を主目的に行われる人事評価が、結果として賃金に反映されるケースはあり得る。

「上司との面談で『これが課題だね』と指摘されていたことが、翌年クリアできたとしましょう。すると、その社員の翌年の賃金は上がるはず。上司と部下のやりとりを通じて蓄積された評価に関する情報は、アセスメントなどにも活用することができます」(高橋氏)

 賃金を入り口にするのではなく、本人の成長やキャリア形成支援から入ること。それが人事評価制度作りのポイントだ。