各方面から絶賛されたストーリー仕立ての異色の経済書、『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』。その著者・松村嘉浩氏と、トランプ大統領の誕生を見事に予測した、フコクしんらい生命保険の資産運用業務全般を統括する林宏明氏との対談・後篇です。
不安定な経済を押さえ込む「強い政治」を求める時代を、2人はどのように見ているのでしょうか。

2017年は政治の強権化の年になる:トランプ当選を的中させたプロと語る市場の行く末(後篇)

“プロレスラー”トランプの危険性

松村 中国はトランプに対して取り立てて反論もせず、黙っているわけですが、トランプのアピールの仕方がプロレスにおけるマイクパフォーマンスのようなものであり、さすがに本気ではないと考えているからだと思います。

 問題は、プロレスの観衆はあくまでショーであることを理解していますが、政治においては民衆がトランプの勇ましいマイクパフォーマンスに酔っているわけですから、プロレスのような落とし所がきれいに見つかるのかは、分からないということです。

林 中国が対応に困っているのは間違いないですね。フェィクのつもりの蹴りが間違えて顔面に入って本気の乱闘になるリスクも十分あるでしょう。

松村 笑い事ではないですが、プロレスのつもりがK-1になってしまうということですよね。日本で民主党政権になったときも、大衆迎合のために実現不可能な政策を並べて、実現できずにグダグダになったわけですが、政策のつじつまが合わないことが明らかになれば市場は逆に暴落ということになるんじゃないでしょうか。

 そのとおりです。私は昨年と同様に、2017年も年初から市場は危うくなるのではないかと考えています。先ほども申し上げたように、来年1/20の大統領就任演説が大きな山場ですね。大統領就任演説とは、たとえばオバマの核廃絶のように、デフォルメした大きなビジョンを示すものです。どのようにしてこれまでの主張と整合性をつけるのか、過去に例のない状況で実に見ものだと思います。

松村 それがこれまでどおりのマイクパフォーマンスであれば、世界は腰を抜かすでしょうし、そうでなくておとなしいものになれば国民からは大ブーイングということですね。そして、たとえ大統領就任演説を通過しても次は予算教書というハードルがあります。

林 ええ、すでに市場は4兆ドルの減税と1兆ドルの公共投資を期待しているわけですが、さすがにそれは現実的な数字ではないでしょう。それが調整されれば市場には明らかにネガティブでしょうし、その数字どおりだとしても織り込み済みとなるのではないでしょうか。先ほどおっしゃった民主党政権の例ではないですが、期待を裏切ったときの反動は極めて大きなものとなるはずです。

予測される中央銀行と金利の動向

松村 しかしながら、現状はトランプに期待し、そこにおんぶに抱っこになろうとしています。12月にFRBは予定どおり利上げしましたが、経済見通しをほとんど変えていないにもかかわらず、おどろいたことに予想された年2回の利上げペースを3回に上げてきました。これは、トランプの期待が続いているうちに早急に利上げしておこうというFRBの意図が露骨に出たものだと思います。

 FRBとしては、糊代をつくっておきたいわけですから、この際できるだけ利上げしておきたいということでしょう。ちなみに、FRBが利上げできないというシナリオは、トランプの財政政策によって修正となりましたね。

松村 日銀がマイナス金利政策に突っ込んで金融政策の限界を露呈し、実質的にはテーパリングに入りました。ECBも、テーパリングではないと言い張っていますが、同様にテーパリングに入っています。このように金融政策がもはや手詰まりになるなかで、昨年は財政政策に舵をとろうと国際的な掛け声があって、安倍政権が財政を拡張させたものの他国が追随することはありませんでした。ところが、ここにきて突如、米国が大盤振る舞いすることになった……。これは中央銀行にとって負担軽減の、正に恵みの雨という話ですね。

 言い方は良くないですが、日銀もどさくさに紛れてテーパリングをアグレッシブにやるべきだと思います。

林 しかし、それはトランプの政策が機能する前提の議論にすぎません。本当に中央銀行が引き締めていって大丈夫なのかといえば、そんなことはないでしょう。そもそも、過去と異なるのは、現状の経済が膨大なレバレッジによって成り立っているという事実です。金利が上がることによるインパクトは安易に考えるべきではないでしょう。

松村 おっしゃるとおりだと思います。トランプの背中にみんなで乗っかろうとしているわけですが、親亀こけたらみなこけたというような事態になってもおかしくありません。現状は、「グレート・ローテーション」といって、景気が良くなって株が上がり金利が上昇するというバラ色のシナリオで動いていますが、それは昔の経済だから成り立った議論です。実際に膨大な財政政策で長期金利が上昇すれば、現在のようなレバレッジ型の経済は持たないはずです。

 そもそも、米国株の上昇要因が基本的には「自社株買い」、つまり低金利で債券を発行し自社株を買うというレバレッジに依存している構造であることを忘れるべきではないでしょう。

 そもそも財政政策によって目先のGDPは上がるかもしれませんが、長期的に経済成長に寄与するのかどうかは甚だ疑問です。『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』に書かれておられたように、未来の人から借金しているだけの話なのですから。

松村 私がよく言う朝三暮四の議論ですね。すでに多大な借金をして成長しない状態に陥っている中で、選択する打開策がさらに借金をすることというのは、完全に間違いです。今さえよければ良いという思考は、将来に多大な禍根を残すことになるでしょう。

2017年は、政治の強権化の年になる

松村 ここまでトランプ大統領の影響について話してきましたが、他の面では、来年はどんな年になるんでしょうか?

林 なにがトリガーになるのか明確にイメージできませんが、先ほどから申し上げているように、いずれ過剰な期待が剥がれたときに、ずいぶんと悲惨なことになると思います。また、来年は欧州の選挙の年ですから、トランプ・サンダース現象のムーブメントがヨーロッパに波及して、ユーロの崩壊の始まりを示すことになるのではないでしょうか。私は、フランスでは反EUと反移民を掲げるルペン大統領が誕生すると思っています。

松村 たしかに、今となってはその可能性も否定できません。世界が行き詰まり不満が拡大する中で、世の中は暴力的な利害調整を要求し、それに応える強権型の政治家が増えてきています。

 11/28の日本経済新聞の中沢克二編集員の『「大統領」狙う強権 習氏に死角 トランプ現象は中国でも』という記事によれば、習近平首席の権力を強化して、いずれは大統領にしようという試みが共産党の中で行なわれているそうです。つまり、強権化を推し進めなければ、共産党が不満分子によってつぶされてしまうという危機感があるというもので、大変すぐれた洞察でした。こうした動きが示唆するのは、やはり極めて危険な流れのなかに我々はいるし、そのスピードは加速しているということだと思います。

林宏明(はやし・ひろあき)
フコクしんらい生命保険取締役執行役員財務部長。
1982年早稲田大学法学部卒。同年、富国生命保険入社。証券金融市場での経歴は25年近くに渡る。富国生命保険では国内の国債・地方債・財投機関債、海外の国債、地方債、エージェンシー債、カバードボンド等幅広く内外公社債市場の運用を担当するとともに、短期金融市場での運用にも従事。また、内外のクレジット市場、証券化商品の投資には深く関わってきた。現在は、フコクしんらい生命保険において、公社債市場・株式市場を始め、資産運用業務全般を統括している。