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日本人が知らない本当の世界経済の授業
【第18回】 2016年11月15日
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松村嘉浩

セカイ系『君の名は。』が大ヒットする
「ミクロの時代」

興行収入が180億円に迫り、歴代邦画ランキングで4位という記録的な大ヒットになった『君の名は。』
その成功の社会的・歴史的な原因を、各方面から絶賛される異色の経済書『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』の著者が解説します。

『君の名は。』と「異次元緩和」は、同じ理由で歓迎された?

 「教授、もう観ました?『君の名は。』」

絵玲奈はゼミが始まると早々に尋ねた。サブカルのネタを振って面白い話を引き出して面倒な勉強を妨害しようといういつもの作戦だ。

 「もちろん、観ましたよ。でも、困りますね~、そういうネタを振られると」
絵玲奈の作戦は、見え見えだった。

 「でも、なんだか今までお話しいただいた話と通じると思うんです。さすがに、こんなにヒットするなんて誰も思ってなかったわけですよね。それって、『進撃の巨人』と同じじゃないですかもちろん、新海監督は『進撃の巨人』の諫山創さんと違って実績のある人だから全く同じってわけじゃないですけど」

 「困りましたね。そういう話をされると思わずはなしたくなっちゃうじゃないですか……」

絵玲奈の狙いどおり、このネタはツボだったようだ、もうひと押しだと絵玲奈は確信した。

 「なんだか、『進撃の巨人』の話と同じで、これも社会を映しているんじゃないかと思うと、不安で毎日寝られないんですよね~」
と“不安”というキーワードを入れて適当なことを言ってみた。

 「……じゃあ、少しだけですよ」

絵玲奈は“作戦成功”と心の中でガッツポーズをした。

 「ちなみに、新海監督の初期の代表作の『ほしのこえ』って観ました?」

 「いいえ、観てないです」

 「25分の短編ですぐに観られるので、ぜひ。同じセカイ系の作品ですから」

 「セカイ系?」

 「セカイ系の説明は後でします。同じセカイ系の作品の『ほしのこえ』と『君の名は。』の決定的な違いはハッピーエンドなのかどうかという点です」

 「そう!『君の名は。』はハッピーエンドってとこがいいですよね」

 「ところがですね。『君の名は。』は、ハッピーエンドにするために、ストーリーの整合性が取れなくなっているんですよ。逆に言えば、ハッピーエンドにするためにストーリーの完成度を犠牲にしたといっていいと思います」

 「たしかに!時間を行ったり来たりして、なんだかストーリーが最後よくわからなくなっちゃったんですよ。でも、物語を追っかけるというより、テンポよく進んでいく展開に楽しく乗せられていくって感じなので、言われるまでストーリーは気になりませんでした」

 「そう、意味を深く考えなくてよくて、テンポよく進んでいく展開に楽しく乗せられていくというのが重要なポイントなのです。ストーリーやロジックが多少壊れていても、テンポやリズムよく脳に刺激的な内容を与えていくことが、商業的に成功するためのひとつの方法論で、それを効果的に行なった作品と言えるでしょう。ですから、専門家の人から作家性を排除した大衆迎合作だという批判がありますね」

 「なるほど~」

 「テンポやリズムよく脳に刺激的な内容を与えていくために、ラッドの音楽が果たしている役割も極めて大きいのです。ラッドの壮大なミュージッククリップじゃないかという人もいますね。ラッド自身がインタビューに答えていましたが、普通の映画音楽の作りとは違ったそうですからね」

 「それってどういうことですか?」

 「普通の映画音楽は、映像があってその尺にあわせなければならないという制約付きで作られるんですが、この作品は逆で、曲に合わせて映像の尺を変えているんだそうです。つまり、音楽優先の部分があるってことですね」

 「へ~」

 「さて、ここからが問題その1です。ストーリーやロジックが多少壊れていても、テンポやリズムよく脳に刺激的な内容を与えていくことがウケる傾向が近年どんどん強くなっているように思えるのですが、これって何が起きているんだと思いますか?」

 「う~ん、要はストーリーみたいな全体像じゃなくて、単発的な刺激に引き寄せられていくってことですよね」

 「そうです。これって実はネットの世界の拡大の功罪だと考えているんです」

 「ネット、ですか?」

 「日本ではとりわけスマホの影響がバカにできないように思うのです。最近は電車の中でも本や雑誌を読む人の数はめっきり減って、みんなスマホを覗いています。ネットからの情報に人々の情報源は移行しています。本などの長文を読み込んでいくことと、ネットで情報を拾うのとは、脳の使い方が異なるという説があるんですよね」

 「つまり、あまりものを考えなくなっているってことですか?」

 「ネットによって供給される情報量が膨大に増えて、玉石混合の情報を取捨選択することに脳が使われるようになり、情報の意味を深く掘り下げることに使われなくなる……そういう傾向が出ていると思います」

 「長文を読むのに頭が耐えられなくなるってことですね」

 「同じ情報量だとしても、狭く深くではなく、浅く広くになっていくわけです。そして、膨大な情報供給のなかで、いかに必要な情報を簡単にピックアップできるかという能力が重要になるので、そちらがどんどん発達してしまうということでしょうね。となると、情報の供給側もできるだけ短い言葉で脳に刺激を与えて、膨大な情報の中でいかに振り向いてもらうかがカギになってきます」

 「なるほど。情報が手軽に手に入る反面、失ったものも大きいってことなんですね」

 「そのとおりです。問題は、このようなネットの影響によって、政治・経済の分野が由々しき影響を受けていることです。というのは、政治・経済のような専門性の高いちゃんと考えないといけない分野においても、テンポよく脳に刺激のある短いフレーズがウケて、大衆から支持されてしまうからです。それが正しいかどうかは、よく精査されないままに」

 「合っているか間違えているかわからなくても、同じ言葉をずっと言われ続けると、頭に残りますもんね。それって危ないことですよね」

 「ですね。ネットは言葉の供給を無限にできる道具です。また、双方向であることも大きな問題を与えていると思います。つまり、実際には専門家でない人がいかにもわかったかのように政治・経済を語ることができてしまうからです。ですから意図的な大衆扇動が起きやすくなってしまっていると思います。

米国の国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャーが、『国際秩序』という本の中で以下のような警告をしています。
“新テクノロジーの敷衍が、人間の管理や理解をはるかに超える紛争を引き起こすおそれがある。情報にアクセスし、伝達する新しい手法が、いまだかつてなかったほど世界を一体化させ、起きたことが世界中に撒き散らされる――その一方で、じっくりと考えることが妨げられ、指導者たちはスローガンで表現できるような形でただちに対応を表明するように要求される”」

 「たしかに私たちの世代って、ほんとに本とか読まなくなってますからね。ものごとをじっくり考えるよりも、美味しそうな情報をネットから拾ってくるほうが手っ取り早くて、安直にそっちに走っちゃいます」

 「マスコミを上手につかった小泉政権以来、国民にわかりやすい、ワンワードで脳に刺激的なスローガンが席巻する傾向があります。“郵政民営化”“刺客”とかですね。この手のワードがネットによって拡散することで、大衆扇動が起きやすくなっています。イスラム国もネットをつかったプロパガンダで多くの人を引きつけましたしね」

 「たしかに」

 「政治だけでなく、経済も同じように問題を抱えています。たとえば、黒田日銀総裁の金融政策も、“バズーカ”や“異次元緩和”などの脳に刺激的なワンワードが、その内容が精査されないまま、 “いかにも正しい”かのように一般の人たちに広められてしまいました」

 「日銀の政策って、結局、失敗だったわけですよね。なのに、多くの人が煽られちゃった。そう考えると本当に怖いですね……」

 「ですね。総括を行ない事実上の敗北宣言をしたものの、もはや後戻りできないことをしてしまったわけです。ずいぶんと罪深い話だと思いますが……」

セカイ系が受け入れられる「ミクロの時代」

 「次の問題に移りましょう。先ほど言いかけたセカイ系の話です。セカイ系というのは、『主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性の問題が、政府などの具体的な中間項を挟むことなく、“世界の危機”“この世の終わり”などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと』です」

 「えーっと…どういう意味ですか?」

 「たとえば『君の名は。』において、物語は瀧と三葉の小さなセカイを中心に展開するのですが、そのふたりの関係性に彗星の落下という“危機”が直結してくるというわけです」

 「なるほど」

 「では、ここに見て取れることを列挙してみましょう」

 「もしかしたら未来に大きな危機があるかも……って、人々が潜在的に感じているということでしょうか?」

 「そうですね。そういう潜在意識に働きかけるテーマであることは間違いないでしょう」

 「じゃあ、これまで教えていただいたような“漠然とした不安”と同じ話ですね」

 「だと思います。政府などに物語の中で言及されないことも、セカイ系である『君の名は。』の大きな特徴です。彗星が落ちてくるということ以外、危機は抽象的な要素が強く描かれており、人々が具体化できない、“なんらかの危機に対して持っている漠然とした不安心理”に訴えていると言えるでしょうね。他はどうですか?」

 「う~ん」

 「私は、現実社会での、“マクロな世界とミクロな世界の関係性”の影響も大きいと思っています」

 「マクロとミクロ?」

 「『君の名は。』では、ボクとキミの小さなミクロなセカイから、いきなり大きな危機と言ったマクロなセカイに巻き込まれるわけです。マクロの世界が危機になってよくわからない状態だけど、その中でボクとキミのミクロなセカイの繋がりを信じあう――これを現実社会で言えば、政府などのマクロなレベルでは何をやっているのかよくわからないし信用に足らないけれど、自分たちのミクロなセカイの繋がりを大切にしよう、ということになるはずです」

 「あ、なるほど~」

 「たいへん興味深い事実は、過去の歴史を振り返ってみても、マクロの混乱期においてミクロへ回帰する思想が生まれていることです。
たとえば“日常”を大切にする儒教の思想が生まれたのは、春秋戦国時代という、中国に単一で強力な政治権力のなくなったマクロの混乱期なのです。そしてこの時代(紀元前500年ごろ)は“枢軸時代”と呼ばれていて、同時発生的に、世界中で様々な思想・哲学・宗教が生まれるのです。中国で孔子が儒教を興し、インドでブッダが仏教を創始し、ギリシアでソクラテスが現れといった具合です」

 「それっていったいどういうことなんですか?その時代に孔子やブッダやソクラテスが会ったり話したりすることなんて、できないですよね?お互いに影響を受けていないのに、ほとんど同時にミクロに向かうなんて、超不思議です!」

 「不思議ですよね。でも、その時代は世界的なマクロの混乱期だったのだと考えられるのです。そして、世界のどの地域でもミクロへの回帰が起きて、日常を大事にし、人間はどう生きるべきかなどのモラルを説く思想が生まれてきたのではないでしょうか」

 「じゃあ、セカイ系である『君の名は。』が大ヒットしたのは、“枢軸時代”のときのように、これからのマクロの混乱を人々が予期して、ミクロへの関心が最高に高まったからってことですか……。たしかに、宗教とか哲学って、究極のセカイ系って言えるかも」

 「マクロの混乱は、米国の大統領選でも明らかでしょう。トランプが大統領になるなんて、1年前にはだれも予想していませんでしたし、そんなことになったら悪い冗談だとみんな言ってましたからね。さらに言えば、内向きのアメリカを主張するトランプの勝利は、それ自体が米国人のミクロへの志向の表れとも言えると思います」

 「なんだか、いままで教授が言っていたことが、どんどん現実化してきて怖いんですけど……」

 「我々はマクロの混乱期に対して右往左往して安易な大衆扇動に惑わされることなく、本質を見極めて行動しなければならないのです。でなければ、つじつまの合わないセカイで安易なスケープゴート探しになってしまうでしょう。同じことを繰り返しますけど、我々人類の英知が試されていると思います」

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松村嘉浩(まつむら・よしひろ)

1989年神戸大学経済学部経済学科卒(数理経済学専攻)。
1989年にゴールドマン・サックス証券に入社し、メリルリンチ証券を経て、1996年にドイツ証券に入社。
ドイツ証券で円債トレーディング部長を務めた後、バークレーズ・キャピタルに移籍し2011年に引退。
主に円債トレーディングおよび自己勘定トレーディングに従事。
2015年に今回の新著の前半部分となる『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』を発表し、話題を呼んだ。


日本人が知らない本当の世界経済の授業

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