日本産業界において、知的財産戦略が今後の成長を左右するといわれる昨今、大企業においては知財部門が当然のように存在するようになった。しかし「まだまだ本来の機能を果たしているところは少ない」と語るのは、特許庁長官を務めるなど長らく知的財産分野に携わってきた荒井寿光氏だ。小泉政権下で知財立国推進計画を取りまとめ、知財競争時代の到来に備える必要性を訴え続けてきた荒井氏は、中小規模の企業に対しても「経営者自身が意識変革を今すぐ実行すべき」と主張する。はたして現代企業の知財対応には何が不足し、どのような行動が必要なのか。あらためて話を聞いた。

 企業の知財部門は自らを、「コストセンターなのか、プロフィットセンターなのか」あらためて定義し直す必要があるでしょう。

東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長
荒井寿光
(あらい・ひさみつ)1966年東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。特許庁長官、通商産業審議官などを経て、2003年、内閣官房知的財産戦略推進事務局長に就任。2007年より現職。主な著書に『知財立国への道』(ぎょうせい)、『知財革命』(角川書店)など。

 日本では「知財戦略」というと、特許権や商標権といった自社の知識価値を「守るため」のものだととらえる傾向がいまだにあります。もちろん、それも大切な一面ですが、知財担当部門をつくっても、そうした「守り」の業務しか任せていないのだとしたら、それは「コストセンター」、つまり「できるだけムダをしない部署」という位置づけにすぎません。

 しかし、時代はもうそんな段階ではありません。知財部門が「どう得をするか」考え、経営陣に提言していく「プロフィットセンター」とならなければ、企業が知識社会で生き残ることは困難なのです。「知財部門をつくるような余裕はない」という中小企業にしても、これからはグローバルな市場で競争に打ち勝っていかねばなりません。

 経営トップ自身が意識を変え、知財にかかわる知識を備え、必要に応じてその道のプロフェッショナルたちをパートナーにして、プロフィット志向の知財戦略を打っていかなければいけない。私はそう考えます。

日本企業に不足するのは
「知」を「使わせる」ための戦略

 知識社会時代には、企業は知財に対する取り組みを変えなければなりません。第1は、開発・発明した知識や技術を確実に守っていく姿勢です。価値ある「知」は、ルールにのっとって特許などの「鍵」をかけて守らなければいけない。日本国内でも次々とルールが変わっていますし、国や地域ごとでルールは異なります。これらに対応できる態勢が今後は必須となります。

 第2は、自分たちが使っている「知」のうち、どれとどれが「鍵をかける」に値する価値を持っているかを、正しく理解することです。すばらしい「知」をすでに手にしているのに、それに気づいていないという不幸は、後々必ず企業競争で致命的なダメージにつながるからです。そして、これらのいずれについても、専門性の高いチームを編成するか、外部のプロフェッショナルとパートナーシップを持ち、対応すべきです。