耳は目と同様、加齢とともに能力が落ちる。だがメガネに関心を示す人も「補聴器」には関心を示さない。もし知らずに重要な情報を聞き落としていたら……。
じつは補聴器は社会的影響力の大きい人ほど必要なアイテムなのだ。

「何かで失敗するんじゃないかと
いつもびくびくしていました」

森合正二郎さん 造船会社勤務の元会社員、70歳。現在は町会長・保護司としてアクティブに活動している。聴力の衰えに気づいたのは40代後半。営業職へ異動した際、客先とのコミュニケーションに不安を覚え、補聴器の装用を開始。その経緯や補聴器の使い心地、思いなどを聞いた。

 「いやぁ会話が弾まなくて…。困りましたよ…」

 そう振り返るのは、神奈川県横浜市在住の森合正二郎さん(70歳)だ。40代後半の頃。当時、造船会社で製造現場から営業職に移った森合さんは、次第に営業先に向かうことを恐れるようになっていた。

「自分では集中して聞いているつもりなんですが、聞き漏れが出てきたんです。大事なお客さんとの打ち合わせですから、これはまずいと思って、打ち合わせに録音機を持っていくようにしたんですよ、あとで確認できるように。でも聞き返してもよく聞こえないこともある。だから5台くらい買い替えましたよ。よりいいのを買えば、聞こえるんじゃないかって」

 それでも聞き漏れは起こった。決定的だと思ったのは、お客様との会話だった。

「話が弾まないんですよ。聞きづらいことがあって、即座に答えられないことが多くなって…何度も聞き返すのも失礼ですし」。

 次第に消極的になっていった。

「何かで失敗するんじゃないかって。いつもどこかでびくびくしていましたね」

 じつは製造現場にいた頃から、聞きづらさは感じ始めていた。

「まだ若いと思ってたから、補聴器を着けることには相当抵抗がありました。当時はだいぶゴツかったし。でも営業に移りそうだったのと、健康診断で耳鼻科の先生に勧められたこともあって、思いきって補聴器を着けるようにしたんです」

 森合さんはラッキーだったかもしれない。というのも視力に比べ、聴力の衰えを自覚するのは難しいうえ、自覚しても補聴器を着け始めようと考える人が少ないからだ。

 「日本補聴器工業会」の調査(2009年)では、「聞こえの衰えを感じた時は」との問いに対する答えのトップは「聞き返しが多くなった」こと。意外なところでは、「ひとりでいるときが多い」という例も少なくない。聴力の衰えを自覚しても、補聴器に向かず、「引きこもる」傾向があるのだ。森合さん自身は30代に始めたゴルフから、いつの間にか遠ざかっていた。

 「一緒に回る仲間と会話が成り立たず、『お前何言ってんだ』ってわらわれたりして、つまんなくてやめてたんです」