日本のビジネスパーソンの間で「西洋美術史」を学ぶ流れが広がっている。昨年10月に発売された『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』(木村泰司 著)もその流れをうけ、早くも発行部数5万部を突破。教養本、しかも美術がテーマの書籍としては異例のスピードだ。そこで今回は、昨年より社員向けの西洋美術史セミナーをスタートさせた全日本空輸株式会社(ANA)の担当者に、その狙いを聞いた。(取材・構成/前田浩弥)

ANAが社員に「西洋美術史」を学ばせる理由2月8日のANAの社員向けセミナーには、全国から70名の社員が集まった

 欧米人にとっては必須の教養であり、コミュニケーションを深めるうえでの重要な「共通言語」でもある美術史。日本人にとっては縁遠いものと思われていたが、社会のグローバル化に伴い、海外旅行や外国企業とのやり取りで外国人と接することが多くなるなかで、西洋美術史がいかに重要な教養であるかが認識され始めたのだ。

 社員教育の一環として西洋美術史を取り入れる企業も増えつつある。全日本空輸株式会社(ANA)もそのひとつ。2月8日に『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』著者・木村泰司氏を講師に招き、「西洋美術の楽しみ-美術は見るものではなく読むもの-」と題した社員向けセミナーを開催した。

あらゆる絵画には「裏の意味」が込められている

 ANAは2017年7月、西洋美術史の社員向けセミナーを初開講。定員70人に対し、120人を超える受講希望者が集まった。今回のセミナーは前回の反響を受けての第2回となる。今回の定員も70人だったが、その数を大きく上回る126人の応募があった。

 3時間にわたるセミナーでは、木村氏が美術品181点を丁寧に解説。紹介点数の膨大さを感じさせない軽妙なトークで、受講者を西洋美術の世界に引き込んだ。

 なかでも受講生の興味をそそったのは、オランダの風俗画に関する解説だ。聖書を唯一の是とするプロテスタントの社会であったオランダでは、独立前夜から、聖書における美徳・悪徳を描いた風俗画が好んで描かれるようになったという。

ANAが社員に「西洋美術史」を学ばせる理由フランス・ハルス「陽気な酒飲み」1628~30年

 たとえば「陽気な酒飲み」(フランス・ハルス)は一見、そのタイトル通り、酒に酔ってご機嫌な男がとろんとした目でこちらを見ている、ほのぼのとした絵のように受け取れる。しかし、この絵に込められた本当の意味は「飲酒への戒め」。オランダをはじめとするヨーロッパでは、当時、飲料水を確保できるところがあまりなく、昼間からお酒を飲むことがよくあった。明るいうちから居酒屋にたむろする酒飲みたち。そのなかには子連れも多かった。このような風紀の乱れを戒める意味で描かれたのが「陽気な酒飲み」なのである。

 「陽気な酒飲み」のほかにも、飲酒や性の誘惑などを戒める絵画がオランダの風俗画には目立つ。描かれた時代、描かれた事情、描いた人物という「背景」を知ることで、美術は「見るもの」ではなく、「読むもの」に昇華する。これが『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』執筆のきっかけともなった木村氏の信念だ。