シリーズ38万部を突破したベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者・西内啓氏が、さまざまなゲストと統計学をめぐる対談を繰り広げるシリーズ連載。新たなゲストとして、『統計学が最強の学問である[実践編]』の校正にも協力していただいた統計学者・岡田謙介氏を迎えます。
統計学を二分する「頻度論」と「ベイズ論」。双方を得意とする学者による希少な対談をお楽しみください。

同じ統計学の授業を受けていた!?

西内 今日の対談をとても楽しみにしていました。じつは私と岡田さん、大学の同級生なんですよね。だから、同じ授業を同じ時期に取っているはずで。

「頻度論」の学者と<br />「ベイズ論」の学者が対談したら岡田謙介(おかだ・けんすけ)1981年北海道に生まれる。2004年東京大学教養学部卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了・博士(学術)。現在、専修大学人間科学部准教授。専攻は心理統計学。 著書に『伝えるための心理統計』(共著、勁草書房)、『非対称MDSの理論と応用』(共著、現代数学社)がある。

岡田 2000年に大学入学ですから、そうですね。2人とも1年生のときに松原望先生の基礎統計学の講義、それと繁桝算男先生の統計の講義を受けている。

西内 とはいえ、顔見知りだったわけではないんですよね。もしかすると、隣の席に座ったことがあるかもしれませんが……(笑)。なんといっても、何百人も受けている授業でしたからね。

岡田 年によっては500人以上もいるんですよ。いま、西内さんと一緒に受けていたであろう「基礎統計学」の講義を、縁あって東大で教えているんです。

西内 ああ、そうなんですね! 500人というと、採点だけでも大変そうだ。

岡田 はい、採点だけで数日かかりますね……。西内さんは、いつから「統計学を専門的にやろう」と決められたのですか?

西内 じつは、1年生の最初に基礎統計の授業を受けたときは、統計学をやっていこうとは思わなかったんです。子どもの頃から数学はそれなりに得意だったのですが、その感覚で統計学の授業を受けるとなんだか気持ちの悪いところがありました。高校までの数学なら「一意に定まる解を求める」ことを求められるのに、統計学では「この範囲にある」と言われる。それがどうも当時はもやもやして。

岡田 その西内さんがなぜ統計学の世界へ?

西内 元々自分にとっての一番の興味は「人間って何?」ってところだったんですよね。大学入学当初は生物学や脳科学や遺伝子の方面に進めばいいと思っていたのですが、そのうち、経済学や社会学、心理学などの面白さに気づいて。これら全ての分野に共通して、色んなアイディアを科学たらしめているものは統計学に基づく実験や調査、分析結果じゃないかと。だから人間理解のために統計学を勉強しようと考えたんです。日本の大学には統計学部とか統計学科というものはありませんが、色んな学部でそれぞれの分野に必要な統計学は勉強できるらしいと。そこで「医学部は人間を対象に研究する場だからちょうどいいのでは」と考え、「統計学を勉強するために医学部に進学する」という、少々、珍しいモチベーションで医学部に進んだわけです。

岡田 なるほど。最初から統計学の大橋靖雄先生の研究室に行こうと思っていたのですか?

西内 そうです。ちょうど先生の最初の統計学の授業で「分析の手伝いをするアルバイトを探している」とおっしゃってたので、授業が終わったらすぐに「働かせて下さい!」とお願いして。今から考えるとよくもまあ、何もわかってなかった頃の自分を雇ってくれたなと思いますが、おかげさまでそれから今に至るまで10年以上、統計解析という仕事に携わることができています(笑)。岡田さんは、どういう経緯から、統計学の道を選ばれたのですか?

岡田 本格的に統計学の道を歩もうと思ったのは、学部の2年後期か3年ぐらいですね。私も西内さんと同様、脳科学にも関心がありました。また、当時バイオインフォマティクス(生物情報科学)が盛んになってきたこともあって、生命・認知科学科に進学したんです。でも、実際に専門を選ぶとなると、どこの研究室もおもしろそうでなかなか絞れなくて。けれど、統計学を使うと、いろいろな分野の研究に少しずつ携わっていけるんですよね。そこで「統計学は面白いぞ」と思ったのがきっかけです。

西内 そこから心理学へと絞り込んでいったというわけですか。

岡田 そうですね。生命・認知科学科の研究対象はヒトの集団から個体、脳、細胞、DNAに至るまでで、進化生物学、脳神経科学、発生生物学、分子生物学などさまざまな分野を学ぶことができました。心理学もそうした分野の1つだったわけです。
 その中で尊敬できる先輩との出会いがあったりいろいろな幸運が重なって、「心理学でベイズ統計を使う」という、当時日本で非常に珍しい立場だった繁桝算男先生に師事することになり、心理統計学を専門とすることになりました。

2人が「頻度論」と「ベイズ統計」に分かれたワケ

岡田 西内さんが頻度論、私がベイズ統計を中心に研究しているのは、お互いの師匠の影響が小さくないですよね。

※頻度論:データについての不確実性を確率で表現し、推論する統計学。イェジ・ネイマン(1894~1981)とエゴン・ピアソン(1895~1980)の2人によって確立された統計的仮説検定の枠組みを大きな柱の一つとする。

※ベイズ統計:パラメータや仮説の不確実性を確率で表現し、推論する統計学。トーマス・ベイズ(英、1710〜1761)に端を発し、ラプラス(仏、1749〜1827)が再発見した「ベイズの定理」をその根幹で用いる。

西内 そうですね。「自分の仮説」が正しい確率が何%あるかがわかるベイズ統計と、ある仮説が正しかった場合に「データが得られる確率」は何%なのかを考える頻度論。「データと仮説、どちらを確率的に考えるか」という点で大きく違う両者ですが、正直言うと私自身、必要なときに必要な方の考え方を使えばいいとフレキシブルに使い分けていたりします。例えば医学でも、薬の効果を検証する際は頻度論を使いますが、医療検査などはどちらかと言うとベイズ統計と相性が良い分野ですし。
 このあたりのフラットな感覚もおそらく師匠からの影響で、先日、師匠の大橋先生の退官講義を聞いたのですが、昔、医学の研究にベイズ統計を使ったのは、日本では大橋先生の一派だけだったという話をしていました。当時としては本当にフレキシブルな試みだったでしょう。

岡田 ええ、その通りですね。

西内 大橋教室の大学院の授業では1学期間の講義のうち、最後の1、2回ぐらいは必ずベイズ統計の話を入れていました。逆に、ベイズ派の先生の統計講義でもまずは基本を頻度論で説明してから、ということもあります。特に自分たちぐらいの世代から、必要に応じ両者の考え方を使い分ける統計学者が増えているような気がしますね。

岡田 ひと昔前ははっきりと「アンチ頻度論」「アンチベイズ統計」の立場をとる方もいたとききますが、実際私たちの周りにはフレキシブルな方が多いですよね。相互理解が進むのはよい流れだと感じます。