今年6月から施行された「コーポレートガバナンス・コード」により、日本でも本格的に始まった「ガラス張り経営」の時代。しかし、日本ではまだ「コーポレートガバナンス」と言えば、不祥事防止などのコンプライアンス遵守といった意味合いで使われることが多い。では、コーポレートガバナンスとは一体何か。それは「良い経営」を実現するためのもの。企業が持続的に「成長」するために不可欠なものである。そして、そのコーポレートガバナンスの根幹を握るのが、財務戦略だ。なかでも財務の透明性は、株主との対話だけでなく、それ次第で企業の成長戦略が変わる、と言っても過言でない。そこで今回は、コーポレートガバナンスの研究者である立教大学経営学部の亀川雅人教授と、長年、企業の財務戦略を支えてきたアメリカン・エキスプレスの法人事業部門バイロン・マーミキディス副社長が、すべての企業に求められるコーポレートガバナンスの重要性について語る。

最新の調査結果が示す、日本企業の投資動向

――グローバル化が進み、経営者は常に世界のマーケットを意識しながら、会社の舵取りをしなければならない時代となりました。その意味で、私たちも企業の行く末を占う上で、事業戦略と併せて、財務戦略をきちんと見ていくことが重要になっています。アメリカン・エキスプレスは、企業の財務部門と強いネットワークを構築しており、毎年、最高財務責任者(CFO)を対象にした意識調査も実施していると聞きます。

バイロン 私たちアメリカン・エキスプレスは、フォーチュン500社の約7割を顧客に持ち、法人カードを通じたペイメントシステムで、グローバルにお客さまの財務戦略をサポートしています。そうした活動の一環として行っているのが、今年で8回目になる「アメリカン・エキスプレス/CFOリサーチ グローバル・ビジネス・スペンディング・モニター」です。

 これは、年商5億ドル以上のグローバル企業565社のCFOを対象にし、北米、カナダ、南米、欧州、アジアなど世界のさまざまな業界の幅広い企業を網羅した意識調査となっています。先月、その最新版となる2015年度の調査結果を発表しました。そこに日本企業の財務戦略の方向性を示す2つの特徴的なポイントが見えてきましたので、ここでご紹介したいと思います。

 まず1つめのポイントは、「国内から国外へ。海外市場に対する成長期待がさらに高まっている」ことです。

「今後12ヵ月の景気予測」を聞いたところ、国内の景気が拡大すると考えている企業が52%と半数以上を占めました。ただし、2014年は55%、2013年では67%だったことを踏まえると、景気への期待感は少しずつ低下傾向にあるようです。そして、その期待はどこに向かっているのかといえば、日本国内から「海外」へのシフトが起きています。61%の企業が「日本以外の国」を挙げており、昨年と比べて13%増加しました。

 さらに、「今後、ビジネスを強化したい新興国」を聞いたところ、日本企業のトップ3は、ベトナム、中国、タイ。一方、海外企業では、中国、ブラジル、インドでした。日本企業はやはりアジアに注目していることがわかります。

 次に2つめのポイントは、「徐々に支出・投資の管理を強化している」ということです。

「利益を確保するために支出や投資をしっかり管理する」と答えた企業は23%。昨年と比べると10%増えています。中でも驚いたのは、「投資水準を昨年よりも30%以上増やす」と答えた企業が今年はゼロだったということ(昨年は7%)。一方で、「昨年並み」と答えた企業は10%から16%に増加しました。また、日本だけでなく、他の先進国でも同様の傾向が見られています。

亀川 1つめのポイントにあった、日本企業と海外企業における「ビジネスを強化したい新興国」の違いについては、地理的な問題と文化の違いによるものと思われます。たとえ距離が近いアジアであっても、互いの文化の違いは大きい。信頼関係を築くのに相当な時間がかかります。まして南米は距離も遠く、歴史的に見ても日本との取引経験が浅い。信頼関係の素地ができていないので、日本企業は慎重にならざるを得ないでしょう。

 また、2つめのポイントにあった、「投資を30%以上増やす」と回答した企業がゼロになったという結果は、決して日本企業の投資意欲が下がっているということではありません。投資が高水準だった過去2年間よりも大幅に上乗せするつもりはないが、過去よりも投資を減らすわけではない。企業は引き続き自社の成長を期待している、と解釈できます。

「利益を確保するために支出や投資をしっかり管理する」という企業が大幅に増えているのは、世界的に企業が高い透明性を求められ、コーポレートガバナンスが強化されているためと考えられます。積極的な投資から「管理された投資」へ軸足が移っているのでしょう。

――こうした支出管理を含めたコーポレートガバナンスの強化が起きている背景には何があるのでしょうか。

亀川 それは、世界規模で金融資本市場の仕組みが標準化されてきているためです。どの国の投資家であろうと、透明性のない企業に対しては投資することはできません。そもそも支出管理というのは、ガバナンスの面から見れば、その企業の事業目的をどのように遂行するのか、つまり、企業の「行動」を説明することになります。「行動はすべて支出に表れる」と言っても過言ではありません。支出管理を明確にできる企業は、目的達成のための行動をスケジュールに沿って管理していることになります。そうした企業には投資家も安心して投資できるのです。

バイロン 日本企業は全般に、グローバルカンパニーと比べると支出管理のためのシステム構築が遅れていると言われています。自分たちのお金がどこに向かっているのか、一目瞭然の「見える化」があまりできていない。先ほど亀川先生がおっしゃったとおり、「自分たちの行動をきちんと数字で示す」ためにも、支出管理は非常に重要です。支出が素早く可視化されるようになれば、取引先に対する交渉力が上がり、そこで浮いた分を次の投資に回すことができる。これだけグローバル化とコモディティ化が進み、厳しい価格競争にさらされる中、やはりコスト削減は重要な経営課題でもあります。