きらきらと光を反射し、ざわざわと風に揺れる。はしゃぐように波打ったかと思えば、美しい音を響かせる──。

開催中の大阪・関西万博で人気のNTTパビリオンは「感情を纏(まと)う建築」というコンセプトの通り、生き物のように振る舞い、建物の見え方も角度によって大きく変わる。しかし、実は正方形の四つの棟が連なるシンプルな構成になっていることに驚く。

単純さの中に多様性をはらむ不思議な豊かさは「自然」を手本に生まれた、とデザイン・設計を担当したNTTファシリティーズの畠山文聡氏は語る。
「湖や草原など、自然の風景はいくら眺めていても見飽きません。環境はどこまでもボーダーレスにつながっていて、さまざまな命が多層的に存在しているからです。パビリオンを単に『コンテンツを入れる器』にしてしまうと、壁によって内と外のつながりが断ち切られ、二項対立が生まれてしまいます。それは世界中がネットワークでつながる時代の万博にふさわしくありません。人も、建物も、技術も、コンテンツも、多様な存在が同時に心地よくいられる『多種同在』の場をつくりたいと考えました」
布を「建材」として活用し、人と環境を柔らかくつなぐ
壁をなくし、内と外を緩やかにつなぐために選ばれた素材が「布」だ。

まず、パビリオンの周囲には、金属を蒸着させた15cm角の銀色の布がぐるりと巡らされている。これらの布がレースのカーテンのように風や光を程よく通して心地よい日陰をつくる。
その内側にあるパビリオンの外壁も、カラフルなリボン状の布でふんわりと装飾されている。それは、まるでドレスをまとっているかのように美しく、思わず触れたくなる柔らかさが心理的な壁も取り払う。
「人間は生まれてすぐに布に包まれ、生涯にわたって服という布を介して環境と接し続けます。この布を建築にまとわせることで、人間と建築、建築と環境の関係性を近づけたいという思いを込めました」(畠山氏)
軽く、柔らかく、誰にとっても扱いやすい布は、「共創」も生み出した。
例えば、エントランスには真っ白な布で編み上げた天蓋が掛けられている。これは能登半島地震で被災した中能登町で織った布を使って、NTTグループ社員約300人が全国9拠点で開催したワークショップで制作したものだ。

また、会期中に来場した子どもたちは、一人一人が未来をイメージして布を選び、思い思いに壁に結び付けていく。絵の具を塗り重ねていくように、パビリオンの姿が少しずつ変化していく。布を介して、参加型のプロセスまでデザインされているのだ。
テクノロジーが、建築に命を吹き込む
もちろん、コンセプトが形になるまでにはさまざまな苦労があった。まず、時間がかかったのが素材探しだ。
「期間限定とはいえ、半年間も雨風にさらされると、たいていの布は大きく劣化してしまいます。いろいろな布を探してきては耐久性をテストし、取り付け方法を検討し、モックアップを建てて実際の動きを確認し……。建材として使えるように、一つ一つ条件をクリアしていきました」と同社設計リーダーの木村輝之氏は振り返る。
圧迫感のない軽やかさを実現するために、前例のないチャレンジングな建築方法も取り入れられた。
カーボンファイバー(炭素繊維)のワイヤーを構造材に採用したのもその一つ。強い張力で建物を支えることで、鋼材の使用を最小限に抑え、柱のない大空間を実現。地面から繊細な糸が無数に伸びる景観も浮遊感たっぷりだ。
自然の振る舞いや人々の感情を可視化するために、デジタル技術も駆使されている。例えば、パビリオンから響く幻想的な音は、自然の風によって不規則に揺らめく銀色の布をカメラによって画像解析し、リアルタイムに音が奏でられているものだという。
パビリオン内部の来場者の表情もNTTの光通信技術「IOWN(アイオン)」でリアルタイムに解析されており、「驚き」や「喜び」のような感情が大きくなると、銀色の布がウエーブしたり、はじけるように活発に動き、カメラによって画像解析され、リアルタイムに音が奏でられる。建物と建物の間は、内でも外でもない縁側のような空間として開放されており、誰でも自由に散策できる。指ではじくと音が鳴るワイヤーや、最新の伝送技術が体験できる屋外展示もあって楽しい。
建築をただの「箱」ではなく、多様な物事が交流する「場」として捉え、プロセスや仕組みまでデザインしながら、プロジェクトに潜む隠れた課題まで解決に導いていく。こうしたアプローチは、まさにNTTファシリティーズが得意とするものだ。
「当社はNTTグループの建築部門にルーツを持つ会社ですから、データセンターのような通信施設にせよ、オフィスや教育施設、商業施設のようなファシリティにせよ、『つくって終わり』ではなく『つくってから始まる』という考え方が企業文化として根付いています。今回の万博パビリオンでも、半年間だけの仮設建設だからこそ、建物がなくなった後も長く感動が残るよう、長期的な目線でデザインしました」と畠山氏。
「今、バーチャル空間が急速に進化し、リアルな建築物に求められる役割も変化しています。今回のプロジェクトでは、布のようなプリミティブな素材にデジタル技術を掛け合わせることで、より環境に調和した心地よい場を生み出せることも実感しました。人間の知恵と技術を、分断ではなくつながりに生かすために、この経験を今後の建築デザインの糧にしたいと思っています」(畠山氏)。
株式会社NTTファシリティーズ
〒108-0023 東京都港区芝浦3-4-1グランパークタワー
https://www.ntt-f.co.jp/
≪大阪・関西万博パビリオン≫
https://group.ntt/jp/expo2025/pavilion/