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日本人が知らない本当の世界経済の授業
【第14回】 2016年7月8日
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松村嘉浩

「合理性への期待」の崩壊
が始まった
林宏明×松村嘉浩(後篇)

各方面から絶賛されたストーリー仕立ての異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』。同書に賛同の声を挙げた各界の識者と、著者である松村嘉浩氏とのシリーズ対談です。

最初のゲストとして登場いただいたのは、フコクしんらい生命保険において資産運用業務全般を統括する林宏明氏。イギリスのEU離脱、トランプ候補の躍進など、予想を超えるスピードで進展する「合理性への期待」の崩壊に、債券運用のプロとして警鐘を鳴らします。

グローバル資本主義の逆行が、先頭のイギリスから始まった

松村嘉浩(以下、松村) 話を戻しましょう。イギリスのEU離脱への動きが盛り上がったのは、規制や移民の問題が起点ですが、不満の根底は“格差”ですよね。

林宏明(以下、林) そのとおりです。資本主義とグローバリゼーションが行き詰って、富の分配がゆがんで生まれた格差が根底にありました。そこに移民というファクターが加わり、学校や病院といったサービスを受けられない人たちが多く出てきて、ナショナリズムに火が付いたわけです。松村さんが『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』で指摘された問題が表面化したといえるでしょう。

松村 イギリスのEU離脱は、民主資本主義の限界が明示されたイベントになってしまいましたね。それにしても、グローバリゼーションによる格差問題拡大の深刻さ、ナショナリズムの高揚がいかに大きいのかを改めて認識せざるをえません。イギリスというグローバリゼーションの先頭を走っていた国が逆行を始めたことは、“ベルリンの壁”の崩壊級のイベントだと思います。

 ある意味ではイデオロギーや外交安全保障戦略がベースにあった東西冷戦の終結(ベルリンの壁の崩壊)よりも壮大な変化が起こるかもしれません。約100年前の1914年に第1次世界大戦が勃発したわけですが、それ以前の100年は米国はモンロー主義という形で「孤立主義」「不干渉主義」を貫いたわけです。そこまで回帰するとは言いませんが、グローバリゼーションが極に達したことの反動が起こるとすれば、「ベルリンの壁の崩壊」の比ではないでしょう。この大きなうねりは今後、さまざまな形でいろいろな国で起きてくると思われます。

松村 今回のような、離脱を選択した人までもが自分のとった行動に後悔するような非合理な結果の発生は、一種のテールイベントです。でも、リーマンショック以来、テールイベントは非常に発生しやすくなっているように思えます。それは、合理的な判断よりも、感情が先に出てしまうぐらい世の中の矛盾に対する不満が鬱積しているからです。

林 イギリスのEU離脱支持とアメリカでのトランプ支持は、同じ文脈でとらえられるわけですが、トランプ大統領の可能性はどう思いますか?

松村 イギリスの離脱が決まるまでは、“ない”と考えていましたが、再考せざるを得ないですね。もともと考えていたシナリオは、今回は“ない”けれど4年後はいよいよトランプ的な人が出てくるだろうというものでした。

 しかし、イギリスの離脱を見る限り、ずいぶんと事態の進展のスピードが上がっているように思えます。アメリカの大統領選でも合理的な判断を期待しますが、もはや合理的な結果になると信じるべきではないのかもしれません。

林 今起きていることは、いわば、反エスタブリッシュメントの反乱ですから、エスタブリッシュメントの合理性に対する期待は壊される傾向にあるのではないでしょうか。

松村 的確な表現ですね。『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』では、このままでは秩序が崩壊し乱世が来てしまうと書きましたが、EU離脱はその序章だと考えるべきでしょう。でも、自分でそういうことを予想していながら、このスピードは驚きです。相場も壊れ始めると早いわけですが、まさに同様のことが起きていると思います。

 林さんはトランプ大統領の可能性はどう思われていますか?

林 私は、トランプが大統領になる可能性はかなりあると考えています。その根拠の1つは、共和党の大統領予備選挙に出ていたニュージャージー州のクリス・クリスティ知事がいち早くトランプ支持を表明したことです。クリスティ氏は大統領選挙キャンペーンが始まってすぐの2月に大統領選挙から撤退しトランプ支持を表明しました。彼はブッシュ大統領時代に連邦検事に任命されたバリバリのエスタブリッシュメントで共和党の保守本流やティーパーティーとの関係も緊密です。その後に共和党の最有力候補だったジェブ・ブッシュ氏までもが早々に撤退したことで流れは決したと思いました。

 つまり早い段階で共和党のコアの層はトランプ支持の民意のうねりの強さを認識していたはずです。元ニューヨーク市長だったルドルフ・ジュリアーニ氏も早い段階でトランプ支持に回りました。今では副大統領の次の大統領継承順位にあるポール・ライアン下院議長までトランプ支持を表明しています。彼が大統領になるかどうかは別として、「トランプ現象」の民意の強大さを共和党サイドは感情抜きに受け止めているということです。

 もう1つは、民主党のヒラリー・クリントン候補に関して国家安全保障上のスキャンダルが多いということです。7月の党大会の前に公開される『クリントン・キャッシュ』という映画もヒラリー・クリントン陣営に大きな打撃を与える可能性があるでしょう。

松村 ヒラリーが外国に便宜を図って、いかにおカネを儲けてきたかを糾弾する内容の映画ですよね。クリントン家はカネに汚いという評判はかねてからありました。メール事件(ヒラリー・クリントンが、国務長官在任中の公務に私的な電子メールアカウントを使っていたことが明らかになった)や、もう皆さん忘れてしまったかもしれませんが、ホワイト・ウォーター事件のような疑惑がヒラリーにはたくさんあります。叩けば埃はいくらでも出るでしょう。

林 事前の予測ではヒラリー・クリントン氏が依然リードしていますが、まだわかりません。ドナルド・トランプ氏はみんなが考えているほど、愚かな人物ではないと思います。フィリピンのドウテルテ大統領もトランプ氏以上に危ない政治家と言われていましたが、実際にはバランスの取れた政権運営を行っています。米国でもポール・ライアン下院議長やルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長あたりが副大統領候補になれば、トランプ大統領誕生の可能性は高くなると思います。

松村 しかし、共和党の重鎮やネオコンまでもがヒラリーを支持しており、秩序維持のためになんとかトランプだけは阻止しようと必死ですね。

 私は、FRBがハト派のスタンスなのは、FRBが組織防衛に走っているせいも大きいと思います。FRBの理事は民主党時代に選ばれた人たちで、トランプになれば全員、クビでしょうから(笑)。とにかくアメリカのエスタブリッシュメントが、スクラムを組んでヒラリーの応援に走っているように見えますね。トランプが優勢になるようなことになったらFRBは利上げどころか利下げをやりかねないのではないでしょうか(笑)。

林 米国大統領選挙では、トランプ現象とともにサンダース現象も無視できないムーブメントです。大学の授業料の無償化を打ち出した民主党のサンダース候補に若者層が熱狂したわけですが、彼はむしろ金融市場やエスタブリッシュメント層に対してはトランプ氏以上に強硬な姿勢を示しています。あり得ない話ですが、もしトランプ候補がサンダース氏を教育長官に任命すると公約した場合、間違いなく大統領選挙で圧勝するでしょう。つまり英国のEU離脱につながった民意のうねりは米国では「トランプ現象」と「サンダース現象」の2つの波で来ているということです。

 今回、ヒラリー・クリントン氏はサンダース氏の協力を取り付けざるを得ませんでした。これは彼の政策を部分的に取り入れることを意味し、すでに民主党の公約にはその片鱗が現れ始めています。つまり金融市場やエスタブリッシュメントにとっては、サンダース現象の影響が投影されるであろうヒラリー・クリントン候補の方が全面的にいいかどうかは微妙だということです。むしろ「低金利が大好きだ」と公言しているトランプ氏の方がまだましかもしれません。

松村 だれもヒラリーが素晴らしいとは思っておらず、消去法的に支持されているだけですからね。これまでの常識ではトランプが共和党の候補になれば、逆にヒラリーは楽勝で勝利だと思われてきました。しかし、この常識はもはや通用しないと考えたほうが良いということですね。

林 トランプの支持層は、過去に大統領選に行かなかったような層の人たちですからね。

松村 でも、実際にトランプになってしまったら、大変なことでしょうね。正直、あまり想像したくない事態です。

林 市場の混乱は、今回のEU離脱の比ではないでしょう……。

松村 いやはや、年の後半戦は、トランプ・ショックのテール・リスク発生におびえる日々になりそうです。

秩序崩壊の中でこそ、財政の健全化を

松村 さて、来年はどうなっているでしょうか?今回、昨年のレビューをしたように、この対談は来年の今頃もやりましょうか(笑)

林 そうですね(笑)

松村 さきほどのお話では、トランプ大統領になってしまうというお話ですが、そうするとヨーロッパも分裂の方向になると思われますか?

林 トランプが大統領になれば、分裂は加速することになるでしょうね。来年はオランダの総選挙やドイツの総選挙そしてフランスの大統領選があります。

松村 ですよね……。フランスは国民戦線のルペンですか?

林 イギリスと構図は同じですよね。移民排斥を訴えるルペンが台頭してきて、サルコジとオランドが組まざるをえなくなっています。イタリアでも、国民の中流層・下流層から急速に支持を集めている「5つ星運動」のローマ市長が誕生しました。

松村 今日(6/27)開票されたスペインの総選挙では、EUに批判的な急進左派は伸び悩みました。イギリスの国民投票の結果で市場が混乱したことが背景と言われていますが、EUはイギリスがヒドイことになるのを見せしめにして離脱を阻止しようという考えでしょう。

 でも、EU諸国は短期的にはイギリスを他山の石とするかもしれませんが、長期的にみれば国民の不満を収めることはできないでしょうね。構造的な格差問題は解決できないでしょうから……。となると世界は分裂への道を歩むはずです。

林 「分配」の問題に手を付けることができなければ、構造的な格差問題は解決しませんから、そうなってしまうでしょう。既得権層がカンタンにもらえるものを手放すことはないでしょうから、「分配」の問題は解決困難です。将来的には、おじいさんが孫に「昔、ユーロっていう通貨があったんだよ」と話すようなことになるのではないでしょうか。

松村 考えてみれば、私が考えていたシナリオのように、どうせ4年後にはトランプ的な大統領が出て秩序が崩壊するのであれば、いっそのこと早いうちにやってしまったほうが、超長期的に考えればまだ被害は小さいかもしれないですね。

 エスタブリッシュメントが現状を維持しようとして、さらに無理な財政・金融政策をとって負債を積み上げるようなことをして致命的な大崩壊になるぐらいなら、いまトランプが出てきて崩壊するほうが、再生できる見込みがまだあるかもしれない。

 それは言えますね。日本も早く、対外純資産を持っているうちに体制を立て直すべきでしょう。松村さんが『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』に書いていらっしゃったように、混乱期に入ろうとする中で、重要なのは国の財政を健全化することです。ドイツは繰り返し各国に「財政の健全化」を主張していますが、その主張は正しいと思います。財政出動自体を全面的に否定するつもりはありませんが、財政規律と財政の健全化が国力や経済にとって最も重要なファクターだということは忘れてはならないと思います。

松村 「集合」から「離散」へのフェーズが移り、秩序が崩壊する世の中では、国家が財政を健全化して信用力を維持することは、国防上も極めて重要です。ある意味、財政を健全化することこそが、混乱期を生き延びていく唯一の方法と言っていいでしょう。

 しかし、消費税の増税は延期されてしまいました……。『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか』という本のAmazonの書評はリフレ派の人たちからの批判で1点だらけになっていて、思わずSNSでコメントしてしまいましたが、もうそんなことをやっている状況ではないのです。借金を膨らませて、目先の成長を追い求めている場合ではなく、借金を返済して守りを固めなければならない。そのことに早く気が付かなければ、日本は本当に国家の危機を迎えることになってしまうでしょう。

林宏明(はやし・ひろあき)
フコクしんらい生命保険取締役執行役員財務部長。
1982年早稲田大学法学部卒。同年、富国生命保険入社。証券金融市場での経歴は25年近くに渡る。富国生命保険では国内の国債・地方債・財投機関債、海外の国債、地方債、エージェンシー債、カバードボンド等幅広く内外公社債市場の運用を担当するとともに、短期金融市場での運用にも従事。また、内外のクレジット市場、証券化商品の投資には深く関わってきた。現在は、フコクしんらい生命保険において、公社債市場・株式市場を始め、資産運用業務全般を統括している。

 

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松村嘉浩(まつむら・よしひろ)

1989年神戸大学経済学部経済学科卒(数理経済学専攻)。
1989年にゴールドマン・サックス証券に入社し、メリルリンチ証券を経て、1996年にドイツ証券に入社。
ドイツ証券で円債トレーディング部長を務めた後、バークレーズ・キャピタルに移籍し2011年に引退。
主に円債トレーディングおよび自己勘定トレーディングに従事。
2015年に今回の新著の前半部分となる『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』を発表し、話題を呼んだ。


日本人が知らない本当の世界経済の授業

投資家、経営者、コンサルタント、アートディレクター、官僚、学生など、各方面から絶賛された異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』が発売されました。この連載ではその内容の一部とともに、同書の示す未来と世界観を別の角度から紹介します。

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