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連載経済小説 運命回廊
【第9回】 2011年5月11日
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村上卓郎

会社の事情

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(2005年12月、日本)

 名古屋の三栄木材株式会社を訪れるのは半年振りだった。自分がこの会社の嘱託社員であるにもかかわらず、入社以来この3年間で、本社に顔を出したのは片手の指で余るほどだと思い起こし、幸一は改めて敷居の高さを感じていた。

 会社の敷地へ入ると、まず手前に真四角で無愛想な2階建ての事務所があり、その後ろにはスレート葺きの大きな倉庫が2棟見える。おそらく数億円の木材在庫が詰まっているはずだ。その中には、幸一がマレーシアから送り出した木材も混じっていることだろう。

 事務所のドアを開け、正面のカウンター越しに目が合った事務員に声を掛けた。

 「すみません、マレーシアの山中です。岩本社長に呼ばれて来たのですが」

 午後3時、この日の出荷伝票をパソコンへ打ち込む作業に忙しいその中年女性は、胡散臭そうな目で幸一を一瞥すると、面倒臭そうに後ろを振り返る。すると、奥の席に座っていた中年男性が、幸一を認めて歩み寄って来た。

 「やあ山中君、久し振りだねえ。2階の社長室へ行ってくれ、お待ちかねだよ」

 「はあ」総務課長に促された幸一は左手奥にある階段を昇り、怪しい記憶を辿りながら廊下を進んで社長室へと向かった。ドアをノックすると、若々しい声が返ってきた。

 「はい、どうぞ」

 部屋に入ると、そこはいかにも社長室然としていた。大きな両袖デスクがあり、その背後にはガラス戸がついた書棚が壁を埋めている。手前には対座型のソファセットが据えられていた。社長の岩本はデスクの革張り椅子から立ち上がって幸一を出迎え、そのままソファに腰掛けて二人は対峙した。

 「すまないね、急に呼び出して。いつ日本に着いたんだい?」

 幸一は、2日前に岩本から至急帰国しろと命じられ、目先の仕事を急ぎ片付けて飛行機に飛び乗ったのだ。

 「昨夜KLIA(クアラルンプール国際空港)からのナイトフライトに乗り、今朝成田に着きました」

 「それじゃ東京からまっすぐ名古屋へ入ったのか、疲れただろう。東京の実家に寄って、1日ぐらい休んでから来ればよかったのに」

 そんなことは先に言ってくれ、と心で呟きながら幸一が答える。

 「いえ、お急ぎの話があると伺いましたので」

 そこへ事務員がコーヒーを持ってきて二人の前に置き、何も言わずに出て行った。

 「しかし、君のネクタイ姿を見るのは初めてじゃないかな」

 「さあ……入社前に初めてお会いした時ぐらいは、背広を着ていたと思いますが」

 マレーシアではネクタイとは無縁で、いつもポロシャツか色柄のシャツばかり、赤道に近い南国では上着を着ることも滅多にない。岩本にしても、マレーシアへ出張で来る折にはゴルフウェアというラフな格好をしていた。

 今日の幸一はブレザーの下に白いワイシャツを着て緑色を基調としたチェックのネクタイを締めており、一方の岩本も、ストライプの入った上品なシャツにブランド物らしいネクタイを締めている。社員の手前なのか、その上には『三栄』と刺繍された作業用のジャンパーを羽織っていた。

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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