幸一の相槌に気をよくした岩本が、計画を披露する。

「ああ。従来は、躯体に使用するヨーロッパのホワイトウッドを板材で輸入し、国内で加工して納品していた。しかし、ユーロも先行き高くなる見込みだし、不況のために国内の加工メーカーも倒産や閉鎖が相次いで、供給不安が起きている。そこで私は、中国にロシアのアカ松が大量に輸入されていることに目をつけたんだ。アカ松はホワイトウッドより強くてねばりがあるから、躯体や構造材として適している。材料費は若干割高になるが、それを中国の安い人件費で二次加工まで行い、現地からコンテナ単位で直接納入できれば、東洋ハウスとしても、材料のグレードアップとコストダウンが両立するというわけさ」

「言葉が話せるといっても、私には中国ビジネスの経験がありませんから、不安です」

 中国と言う未知の国に自信を持てない幸一は、やや尻込みするような返事で岩本の弁舌に水を差した。しかし、岩本は動じない。

「君の不安はもっともだが、中国に精通した日本人がいてね、我が社の中国商材の顧問をしてもらっている。実は、君と同じように昔ウチの嘱託社員だったんだ。今回も、彼が材料と工場の紹介をしてくれた。事業が動き出しても、彼が中国での表と裏のあらゆる段取りをしてくれるはずだから、君は工場で技術指導と検品に集中してもらえればいいんだ」

 幸一は腕組みをして考え込んだ。

「現状では、マレーシア事務所は閉鎖せざるをえないわけだから、君には心機一転、新しい世界に飛び込んで欲しい」

 岩本がダメ押しをしてくる。

「しばらく考える時間を頂けませんか?」

「もちろん構わないが、新事業のスタートは目前に迫っている。早めに決断してほしいな」

 岩本の粘質な言葉に、幸一が問い返した。

「いつからですか?」

「君も知ってのとおり、中国は旧正月の休みが長いから、旧正月明けに合わせて始めるつもりだ。従って、2月下旬には大連に入ってもらいたい」

「あと2ヶ月もないわけですね」

「そういうことだ」

「分かりました、近日中に返事いたします」

 岩本は自分を納得させるように数回頷いてから幸一に手を差し伸ばした。

「良い返事を期待しているよ」

 幸一は岩本の求めに応じて手を握り返した。席を立って社長室から退こうとする幸一の背中に岩本が問い掛ける。

「これからの予定は?」

「恐縮ですが、東京の実家に戻らせていただこうと思っています」

 すると岩本は、頬に社交的な笑い皺を作って口を開いた。

「それはいい。是非、お父上とも話し合ってくれたまえ」