ビジネスモデルとは、顧客を喜ばせながら、同時に企業が利益を得る仕組みのこと。経営学者の川上昌直氏は、最新刊『マネタイズ戦略』で、マネタイズの視点を取り入れることで、顧客価値提案に画期的なブレークスルーを起こせることを解説しています。川上教授のマネタイズ対談2人目のゲストは、超個性的かつ高品質な男性用パンツを企画・製造・販売する株式会社TOOTの代表取締役社長・枡野恵也さん。2015年、創業者から引き継いで異業種からパンツ業界に飛び込んだ枡野さん。飛ぶように売れている1枚2万円もするシルクのパンツ。その素材は、京都で300年続く技術を継承した会社が8年もの歳月をかけて開発したものだそうです。
多品種小ロット販売を重ねる中で、ゼロイチに挑戦
川上 TOOTのパンツは、頻繁に新しいデザインを投入していますよね。
枡野 はい。定番商品と、それとは別にコレクションラインとして週1回、新しいデザインのパンツを3~4色展開で販売しています。TOOTの特徴の一つは、多品種小ロット販売で、その数は年間200種類ぐらいあります。「コレクションラインでは同じデザインのパンツを再販しない」と決めているので、少しずつ違うことをしながら進化していかなくてはなりません。
川上 それはまさにゼロイチ(0→1)の発想ですね。今のTOOTは、創業者が「1」にした「こだわりぬいた匠(たくみ)のパンツ」をいかに拡大するかを考える、そのセオリーはイチジュウ(1→10)ですが、毎週新商品を出してトライアルを重ねている部分は、ゼロイチ。ゼロイチとイチジュウがミックスされていますね。
枡野 そうですね。弊社は、お客様のニーズや意見をくみ取りながら作るマーケットインではなく、作りたいモノを基準に商品開発を行うプロダクトアウトでモノ作りをしています。毎週、ゼロイチとして投入した商品の中で、売れたもの、売れ行きが悪かったものを分析して、PDCAを回しながら翌週以降のデザインに活かしてブラッシュアップしていますが、ここが日々のメインのイチジュウだと思っています。
川上 多品種小ロットだからこそできる実験ですね。
枡野 そうなんです。イチジュウで言えば、TOOT商品の中にはフロントカップではなくインナーカップがついている商品がありますが、その形を何度か変えて、よりはき心地のよいものを追求するなど、お客様には分かりにくいマイナーチェンジは頻繁に行っています。
色についても、全体的にネイビーが好まれる傾向にありますが、昨年のバレンタインモデルを4色展開したときは白が一番人気だったり、夏に9色という多色展開で発売したボクサーパンツはネイビーよりも他の色が好まれるなど、販売してみなければ分からない部分も多々あります。
また、来年のバレンタインモデルは、1個1個の「□(四角形)」のデザインが、2月14日にちなんで2.14度傾いているのですが、そういう遊び心を取り入れながら挑戦できるのも、多品種小ロットだからですね。
川上 2.14度……。言われなければ絶対に分かりません(笑)。
メイドインジャパンなら売れるというのは錯覚
川上 ところで、日本企業の中には、メイドインジャパンが差異化のポイントで、そこを訴えかけさえすれば売れると考えているところが未だにあります。実際には、既存のやり方のまま売り続けた企業は倒産し、貴重な伝統技術までも途絶えてしまうケースはたくさんあると思うのですが、これについて枡野さんはどう思われますか。
枡野 まさに、その通りです。2万円という価格設定のシルクのパンツ生地は、京都にある山嘉(さんか)精練という会社の天然シルク「SHIDORI®」を使用していますが、同社のシルクに携わる職人としての歴史は長く、1571年、室町時代から御所の織物を一手に引き受け、以来、約300年にわたり、御寮織物司を代々受け継いできたそうです。
川上 そんなに歴史があるのですね。
枡野 はい。1970年に創業してからは、一貫してシルク糸専門の精練・染色を担っています。山嘉精練の山内社長が言うには、現代の人は、朝ポケットに入れたハンカチを1回しか使っていなくても、帰宅後に洗濯機に放り込むのが当然の中で、シルク業者は、「シルクは水洗いしてはいけません。色落ちしやすいから専用洗剤で手洗いしてください」と呼びかける。これでは、シルクはいつまで経っても非日用品の域を出ないと。
川上 どんなに素晴らしいモノ作りをしていても、マーケットにニーズがなければ需要が先細りますよね。
枡野 そうです。環境の変化に合わせて自分たちが変わっていく必要があるんです。だから山嘉精練は、シルクの将来のため、その技術を次の世代に伝えるために、洗っても痛まないシルクを、絹産業の存続をかける気概で8年の歳月をかけて開発したのです。
「いいモノ」にバリューづけする
川上 商品に対するバリューづけにもつながる話ですね。「シルクのパンツが2万円する」と聞いただけでは「高いね」で終わってしまうかもしれませんが、「シルクのパンツが2万円するのは、然るべき理由がある。室町時代から300年にわたり御寮織物司を代々受け継いだ会社が、絹産業の存続をかけて、日常使いしてもらえるような革命的シルクを開発した」というストーリーがバリューづけになるというか……。
100万円する桐タンスを作り続ける会社が、「メイドインジャパンだから、それが分かる人に伝わればそれでいい」で済ますのではなく、「ライフスタイルが変わっても、子どものおもちゃ箱に使えますよ」などと“その先のストーリー”をバリューづけすることは大切になると思います。
枡野 このことは、お客さまが、「なぜ、お金を払うのか?」を改めて考えることにもつながりますね。2万円という価格のシルクのパンツで言えば、もしも小さな村で、自分の家の近隣に、シルクを作っている会社、職人さんが縫製している工場があれば顔が見えますから、「1枚作るのに、こんなに時間も手間もかかっているなら値段が上がってしまうのは仕方がないね」と納得していただきやすいんだと思います。
川上 そうですね。
枡野 しかし、現実は作り手の顔が身近に見えているわけではないので、価格に値するバリューづけが必要になるということですよね。だから、パンツの開発背景というストーリーづけが大切になり、それで心が動かされる側面は確かにあると思いますが、私は、お客様が最終的にお金を払うのは、「ありがとう」の気持ちが湧いたときではないかと思っているんです。
「いいモノを作ってくれて、ありがとう」というシンプルな気持ち。それが購入の原動力の大きなひとつになると思うので、「いいモノ」にバリューづけすると同時に、「いいモノ」の中身、すなわち「こだわりぬいた匠(たくみ)のパンツ」という部分は、ブレずに作り続けることが大切だと思っています。
(文・三浦たまみ、撮影・宇佐見利明)
(第3回につづく)
※次回は、12月15日(金)に掲載します。