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作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は「人間関係とお金と幸福の関係」について考える。

「人殺し」は政治空間でしか起こらない

 戦国時代劇で繰り返し演じられるように、権力ゲームは手段を問わず頂点に立ったものが正しいというのがルールです。そこでは人質や政略結婚や裏切りなど、ありとあらゆる権謀術数がめぐらされますが、その一方で友との約束に生命を懸けたり、敵を敬い、その死に涙を流したりもします。

 戦国武将は一族郎党を死地へと向かわせるのですから、ただのイヤな奴では相手にされません。ひとを率いるには、名誉とか品格とかの「人間力」が不可欠なのです。

 政治空間のもうひとつの特徴は、階層構造を持つことです。ひとたび権力ゲームが決着すると勝者を頂点とするヒエラルキーが出来上がり、この階級社会のなかで「分をわきまえる」というルールが生まれます。家柄やしきたりでがんじがらめになった、江戸時代の武士の世界がその典型です。

 権力ゲームは、敵と味方を分けるところから始まります。味方を増やし敵を殺すことで、より大きな権力が獲得できる。──ドイツの法学者カール・シュミットは、政治の本質を「あいつは敵だ。敵を殺せ」と要約しましたが、政治空間はひとびとを熱狂させ、戦争に駆り立てる血なまぐさい世界でもあります。

 これに対して貨幣空間は、まったく異なるルール(市場の倫理)で動いています。

 複雑きわまりない政治空間(男女や親子の愛憎も含む)に比べ、貨幣空間の際立った特徴はそのシンプルさにあります。ジェイン・ジェイコブズは、統治の倫理と対立する市場の倫理として「正直」「契約の尊重」「見知らぬ他人との協力」を挙げました。

 統治の倫理が名誉を尊び、位階を尊重し、伝統を堅持するのに対し、市場の倫理は協力には協力で報い、外の世界とも積極的に交易し、相手と長期の信頼関係をつくり、権謀術数を避けることを説きます。そしてもっとも大事なのは、「競争せよ。だが、殺すなかれ(暴力を締め出せ)」という倫理です。市場を壊してしまっては、一文の得にもならないのですから。