「企業文化」は放っておくと、どんどん失われてしまう

――前回に続き、企業文化が企業の成長力や競争力にどう関わるのかについて、お二人に伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。

小山 前回の対談で、岩尾先生から企業文化が形成されるまでのプロセスに関するお話がありました。初期段階では、創業者の写真や銅像、社旗、社章といった形あるシンボルを通じて「集団にとって大切なもの」を共有し、それが社員の意識や行動につながって企業文化が形成されていく、というお話だったと思います。

しかし、今の若い人たちの中には、そうしたシンボルの崇拝や、集団に帰属すること自体を、「面倒くさい」とか「時代遅れだ」と感じる人も少なくありません。それによって企業文化が失われていくことに、経営者はどう向き合うべきでしょうか。

岩尾 そもそも企業文化は「守り抜いていこう」という努力をしないと、どんどん失われていくものです。

好調な業績が続き、成長を遂げていると、それを支える重要な要素の一つが企業文化であるという意識は希薄になりがちです。その結果、いつの間にか企業文化は失われてしまい、気が付けば成長力や競争力が損なわれてしまうといった事態に陥りかねません。

そうならないようにするためには、創業者や経営トップの人々が、意識的に「企業文化の重要性」を発信し続けることが重要だと思います。集団として「共有すべき姿勢や行動」などを常に明示し、必要に応じて「シンボルが持つ意味」を再認識させるなど、日常的にリマインドを繰り返すのです。

企業文化を守り抜くことは、企業の成長や持続的な繁栄に責任を負う経営者にとって、重要な役割の一つだといえます。

小山 電通が提供する企業文化変革の支援プログラム「Culture For Growth」でも、今ある文化を変えるだけでなく、「成長力や競争力の源泉となってきた企業文化をどう守り抜くか」というご相談にも応じています。

昨今、どんなに目の前の業績が好調であっても、若い世代の増加や、事業のグローバル化などによって、「代々の経営者が受け継いできた企業文化が失われつつある」と危機感を抱いておられる経営者が少なくありません。

そうした企業のため、世代や国籍・人種が異なる従業員の方々に、その会社が培ってきた企業文化を再認識させ、かつアップデートするための戦略、あるいはそれを従業員が実感できるような意識の変革、仕組みの変革をお手伝いさせていただいています。むしろ、企業文化を変革するというと、変えることに目が行きがちですが、そうではなく、今まで大切にしてきたもので、その企業らしく成長に貢献できる部分は、それを守り、伸ばすことが大事だとさえ考えています。

本気で企業文化を変えたいなら、取り組みを形骸化させないこと

――岩尾先生も、小山さんが指摘されたように、若い世代の増加や事業のグローバル化が企業文化を消滅させる要因の一つになっているとお考えですか。

岩尾 そう思いますね。言うまでもなく、文化は企業だけに存在するものではありません。集団が形成され、人々が交わり合えば、それぞれの集団ごとに独自の文化が出来上がるものです。よりくくりを大きくすれば、「世代の文化」や「時代の文化」というものもあります。

中でも、今の若者世代の文化は、影響力が非常に大きく、企業文化を駆逐しかねないほどの勢いを持っています。ですから、若い従業員に企業文化を根付かせるためには、かなり強烈な発信力が求められるのではないでしょうか。

企業文化は、本当に「変える」「守る」ことができるのか【特別対談・後編】慶應義塾大学 商学部 准教授 博士(経営学)
THE WHY HOW DO COMPANY(略称・ワイハウ) 代表取締役社長
岩尾俊兵

小山 世代を超えて企業文化が共有されるようにするためには、ある程度の歩み寄りも必要かもしれませんね。

岩尾 おっしゃるように、人は大きな影響力を持つ文化からは、そう簡単に抜け出せません。なので、折り合いをつけることも大切だと思います。これは、世代の文化だけでなく、国・地域ごとの文化と向き合う場合にもいえることです。

事業のグローバル化が進み、異なる文化を持つ国・地域でビジネスを行うようになった場合、その国・地域ごとの文化といかに折り合いをつけながら、自社の企業文化を根付かせるのかということを経営者は考えなければなりません。

会社が大きくなればなるほど、より強力で、包摂的な企業文化の形成が求められるようになるわけです。

――その一方で、時代の急激な変化に伴い、これまでの企業文化を変えなければ、生き残っていけないと考えている企業も多いはずです。そうした企業は、何から変えていけばいいのでしょうか。

小山 変化に対応しながら生き残っていくためには、「従来の行動パターン」を見直さなければなりません。前回、岩尾先生が指摘されたように、行動パターンは思考や意識から生まれるものなので、求められる社員の価値観や行動指針の明文化から考えることがいいかもしれません。

人材に対する評価指針を変えてみるのも方法でしょうね。評価制度そのものを変えるのは大変ですが、どういう部分を評価していくか、という指針や評価項目はそこまで大変ではありません。指針は、どんな人材や、働き方、成果を求めているのかを示すものなので、行動パターンの変容に直接的な影響を及ぼすことが期待できます。

また、本気で企業文化を変革しようと考えるのなら、その取り組みを形骸化させないようにすることも大事です。

「Culture For Growth」プログラムは、自社で変革に取り組んでみたものの、うまくいかずに悩んでおられる企業から提供依頼を受けるケースが非常に多いです。というのも、自社の企業文化を変えるのは、一番企業文化を分かっている自らで、とお考えの方が多いからです。しかし、社員の皆さんは自社の文化にどっぷり漬かっているわけです。どうしても、何を変えるべきか、何を変えてはいけないのか、の判断を客観的に行うことが難しいのが現実です。

プログラムの提供に先立って現状把握を行うのですが、変革がうまくいっていない企業の多くは、「方針を掲げただけで、満足して終わってしまう」「方針の認知活動には力を入れているけれど、具体的な施策が伴っていない」「時間をかけてやるべきことを、短期間でやろうとしている」といった失敗に陥っているようです。

ただ方針を掲げるだけでなく、企業文化の変革、あるいは継続には、「意識」のみならず、「仕組み」「行動・プロセス」も重要になるのでその三位一体を客観的に評価し、緻密に設計することが重要になります。その上で、変えるべきものをポイントで変えていく、既存にあるものを生かす方法を考える、必要であれば、新しいアクションへと落とし込んでいく。そういうことを粘り強く、かつ力強くリードしていくことが重要だと考えています。

企業文化は、本当に「変える」「守る」ことができるのか【特別対談・後編】電通 第2ビジネス・トランスフォーメーション局 グロース・HR部長 ディレクター
小山雅史

具体的なアクションを伴わせることが成功の秘訣

岩尾 具体的なアクションで企業文化を変えた例としては、手前みそになりますが、私が代表取締役社長を務めるTHE WHY HOW DO COMPANYのケースが参考になるかもしれません。

THE WHY HOW DO COMPANYは、東京証券取引所スタンダード市場に上場する企業ですが、私が社長に就任するまで22四半期連続赤字を計上するなど、散々な業績でした。それが今では黒字企業に転換し、企業価値も10倍になっています。もちろん、2025年8月期決算も黒字を見込んでいます。

――どうやって、会社を変えたのでしょうか。

岩尾 本社とグループ会社の“主従関係”を逆転させたんです。実際にお金を稼いでいるのは八つのグループ会社、その予算実績を管理するのが本社という構造で、立場的にはずっと本社が上にいたのですが、私が社長になってから、「稼いでいる会社の方が偉い」と評価する文化を定着させ、グループ会社の地位を引き上げました。

変化をシンボリックに体感してもらうため、本社がグループ会社を集めて予実管理のために月2回開いていた会議を、月1回に減らしています。これによって、グループ会社は報告のための負担が減り、稼ぐことに集中できるようになりました。

さらに、最も利益を上げたグループ会社を「今月の利益獲得王」として表彰するなど、「新しい文化」が形として見えるように工夫を凝らしたのです。

企業という組織では、もちろん、本社が上ではあるのですが、慢性的に業績が良くないという状況下で、グループ会社の幹部を月2回も呼び出し、ハッパを掛けるというのは、貴重な時間を奪い、精神的にもストレスを与えます。しかも実際に、それを繰り返してきても、業績は改善されていないわけです。

ならば、「稼ぎ手」の現場であるグループ会社には、積極的に「利益の生み出し方」を考え、実践することに専念してもらう。一方、本社はそれを全力でサポートするような雰囲気や環境を生み出し、「利益を共創する姿勢」を明確化しました。

小山 非常にユニークな取り組みですね。具体的なアクションを伴っていたことが、グループ会社の意識変革を起こし、黒字化につながったのでしょうね。

岩尾 一方で、本社のグループ会社に対する見方や接し方も大きく変わり、グループ全体として公平な組織風土が出来上がったのではないかと思います。

小山 なるほど、いずれにしても「企業文化」を変えるには、やはり、経営者の強い意志や覚悟が必要ですね。

岩尾 はい、創業者や経営者が強く意識し、率先して取り組まなければ、「企業文化」を変えることや、守り抜くことは絶対に不可能だと思います。

小山 「Culture For Growth」では、変革の取り組みが形骸化しないように、具体的なアクションを伴った支援プログラムを提供しています。

岩尾先生のおっしゃった本社とグループ会社の主従を逆転させた取り組みも、「収益を稼いでいる現実」と、「本社の持つ意識」のギャップを埋めて、そのための表彰や、予実管理会議、おそらくそこにいるミドルマネジメント意識を変えられた例だと思います。

こういった文化を変える設計をどうしていくのか、弊社の取り組みの例をご紹介すると、例えば、ある企業の変革をお手伝いしたときの話ですが、その企業は業績低下・新社長就任に伴って、新たにミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を設定されたんですね。ところが、会社は変わらない。業績も変化しない、従業員のモチベーションも低下したまま。

そこで、MVVの浸透をご相談いただいたのですが、いろいろ課題を分析してみると、トップの思いは浸透しているけど、行動につながっていない、ということが分かりました。社員の皆さんは方針も、目指すべき姿も理解しているんです。でも変わらない。そのときにお話ししたのは、理解・共感と行動は全く別物だ、ということです。理解・共感は受動的ですが、行動・実践は能動的なものです。

ここのギャップがなぜ生まれているのか、を僕らは考えます。

この企業の場合、MVVの抽象度が高いために、何をすればいいのか分からない、あるいは、業績が良くないこともあって、数字の積み上げが求められるため、どうしても現業、つまり数字が積み上がりやすいものに引っ張られていて、新しい動きにつながっていなかった。

われわれとしては、MVVからどんなことを生み出せばいいのか、というMVVと事業をつなげる羅針盤のようなものを提示しました。同時に、数字に責任を持つミドルマネジメントの意識や行動を変えることをさまざまな方法で行いました。その結果業績に変化が見られ、今、かなりの成長を見せているところまでつながっています。

企業文化、というとどうしても抽象度が高く、どう取り組めばいいんだろう、と思いがちですが、こういった取り組みをさらに増やして、その企業の強みを生かしながら、「強い企業」への変化をご支援できればと考えています。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

Culture For Growth の詳しい資料はこちら

岩尾俊兵(いわお・しゅんぺい)

1989年佐賀県有田町生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了、博士(経営学)。組織学会評議員、日本生産管理学会理事。著書に『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』『13歳からの経営の教科書』(以上、KADOKAWA)、『世界は経営でできている』(講談社現代新書)、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)などがある。2024年よりTHE WHY HOW DO COMPANYの社長として再建業務に従事。

小山雅史(こやま・まさし)

入社以来、一貫してブランドストラテジストとして食品、通信、金融、飲料、化粧品、家電、薬品、自動車など、さまざまな領域のコーポレートブランディングとそれに伴う企業変革や従業員意識の変革、事業戦略や開発などを担当している。顧客との関係だけでなく、マスコミ、投資家など企業や事業を取り巻くマルチステークホルダーの視点で「社会にとってのこの企業や事業の価値とは何か」を常に考えながら、企業価値の持続的な向上方法を模索している。

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