それなのに、沖縄県の離島は、生活保護基準では6段階の最低ランク「3級地の2」に位置づけられている。離島多数を含む竹富町を例にとり、41~59歳の健常者の単身世帯として生活保護の生活費分(生活扶助)を計算してみると、6万4780円となった。ここから買い物に行くバス代や船の運賃を捻出し、水道光熱費を支払う。夏になればエアコンを使用しないわけにはいかない。「とても暮らせないだろう」というのが正直な実感だ。

 さらに、住まいの問題も大きい。前述の竹富町では、生活保護費の家賃補助(住宅扶助)の上限額は3万2000円なのだが、離島ではそもそも人が住める状態の賃貸住宅そのものが少ない。賃貸アパート検索サイトで探してみても、物件がヒットしないのだ。地域の事情を知る人によれば「少なくとも5万円以上だろう」ということである。

 たとえば5万円の賃貸住宅に済んで、差額の1万8000円を生活費から捻出するとなると、「とりあえず死なない」ことが精一杯という生活になるだろう。しかも福祉事務所からは、「家賃が高額すぎる」という理由による転居指導がなされる可能性があるし、従わない場合には生活保護打ち切りもあり得る。住み慣れた地域、これからも住み続けたい地域に公営住宅の空きがない限り、生活保護で暮らすことも難しい。

濃密な地域コミュニティでは
生活保護への偏見も増幅される

 沖縄で「ゆいまーる」と呼ばれる血縁・地縁の中での相互の助け合いは、徐々に薄れつつある。そういった助け合いが機能するということは、小規模で濃密なコミュニティが存在するということでもある。そこでは悪意も敵意も偏見も増幅される。生活保護で暮らすことは、偏見をぶつけられて排除される覚悟とセットになりかねない。地方では「車か生活保護か」の二択になりかねないのだが、生活保護に対する偏見が強いコミュニティの中では、「生命と引き換えに社会の一員であることを選ぶか、生命を守るために社会の一員であることを諦めるか」という究極の選択もあり得る。「血縁者が生活保護を利用し始めたので縁を切った」という話は、九州全域で頻繁に耳にする。

 人口が約30万人の那覇市は、賃貸物件もスーパーマーケットも多い。生活コストは安くはないが、離島ほど苛酷な状況ではない。しかし那覇市でさえ、生活保護では生活コストが高い方から3番目の「2級地の1」に位置づけられている。生活保護費の生活費分は、41~59歳の健常者単身世帯で7万2450円、家賃補助の上限額は3万2000円。家賃がこの範囲におさまる賃貸物件は存在するのだが、おおむね「築年数40年以上、エレベータなし」。安全面に不安が感じられるし、疾患や障害を持つと暮らせなくなりそうだ。