
しかし、仮にそうだったとしても、いまさら首相も官房長官も「あれは首相の意向でした」とはけっして認めないだろう。もともと総理の泥を被ることも女房役の官房長官の仕事の一つなので、おそらく真実は永遠に闇の中である(この先総理と官房長官がよほどひどい喧嘩別れでもすれば別だが、そうなったときの言い分もあまり信用できない)。
そして主要メディアでは、この話は一行たりとも記事にしていない(逆に、あたかもオープン化したかのような記事は出ている)ので、記者会見などでこの問題が追及されることも、まずあり得ないだろう。何十年もの間、官邸の記者会見を開放してこなかった自民党が、この「公約違反」を国会で追及すると考えるのにもちょっと無理がある。
それに、そもそも平野官房長官は「故人献金問題」などの火種を抱える鳩山首相の脇を固める「トラブルシューター役」を期待されて総理の女房役に就いた人物である。平野氏が総理に対して「メディア対応については私にまかせてください」と言っていても、けっして不思議ではなかろう。
私が一番気にしていることは、これまで記者クラブ問題というのは、メディアの既得権益という文脈だけで捉えられてきたが、今回メディアがいよいよ観念して記者クラブ開放やむなしに舵を切ったとき、実は記者クラブ制度の存続を最も望むリヴァイアサンが、にわかに顔を出してきたということなのではないかということだ。
つまり、記者クラブ制度というのは、一見メディアの既得権益問題に見えるのだが、実はそれは副次的な産物に過ぎず、この制度で一番得をしているのは実は「統治権力」というリヴァイアサンに他ならないということである。
統治権力にとっては、記者クラブという餌を与えてメディアを飼い慣らしておけば、こんなに楽な話はない。特権を与えてもらっているメディアは、けっして自分たちに真剣には刃向かってこないだろうし、しかも記者クラブという部屋で御用記事ばかりを書いて虚勢された記者たちは、もはや統治権力をチェックする気概も能力も持っていない。
しかも、記者クラブ問題では、批判されるとすればメディアだけが批判され、なぜか第一義的な受益者であるはずの黒幕である統治権力は、ほとんど批判の対象にならない。
神保哲生
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