本当の共同体に
関心をもつことの大切さ

神保 色々とありがとうございました。ここまでアドラー心理学および『嫌われる勇気』について話してきたわけですが、何か重要な点で抜け落ちていることはありませんか。

岸見 大丈夫です。ただ、これだけアドラーの名前が知られてきたことを単なるブームで終わらせたくないとの思いは強いです。アドラーが医師になることを選んだのは私腹を肥やすためではなく、「この世界を変えるためだ」と言っています。そういう彼の本来の精神が引き継がれることを望みます。個人の利害、自分自身への関心ではなく、本当の意味での共同体に関心を持てる人が増えて欲しいと思います。
 本当の意味での共同体というのは、現実の共同体ではないわけです。国家でもありません。もっと大きな共同体の利害を考える必要がある。けれど最近の政治を見ているとそうでもないようです。そうした問題に『嫌われる勇気』を読んだ人が関心を持って欲しいですね。何もしないのは、結局、現状を肯定してしまうことですから。「世の中でいま行われていることはおかしい」といった怒りは、けっして感情的ではなく理性的な怒りなのです。

神保 個人的な怒りではなく、世の不条理に対する怒りはいいわけですね。

岸見 そうですね、世の不条理に対してはやはり声を上げないといけない。その一方で、足元もちゃんと見ていく必要があります。「人生の調和」という言い方をアドラーはしていますが、生きていく上でいろいろな調和が取れていなければならない。仕事が忙しいからといって、他のことが目に留まらないような生き方は問題なのです。

神保 宮台さんも何かありますか。

宮台 昨今ではアドラー心理学がビジネス分野で興味を持たれるようになりました。繰り返しになるけど大事な問題を申し上げます。自己啓発やコーチングやカウンセリングの本でしばしば「プライミング」の概念が使われます。目標を強く思念することで、それに引きずられて現在の優先順位が変わることです。アドラー心理学にも似た図式はあります。
 では、強く思念すべき目標として何を選ぶべきか。この目標を他人に握られるとマインドコントロールされます。経営者の目標を自分の目標だと思い込まされるのが典型です。これは今日の主題である「課題の分離」にも抵触するおかしな話です。そういうタイプの自己啓発書とアドラーでは読後感が全く違うので、敏感に違いを嗅ぎ分けて欲しい。

神保 なるほど。僕が座右の銘に近い扱いをしている言葉に「I am the captain of my soul(私は自分の魂の指揮官である)」というのがあります。『インビクタス』という映画のテーマになった言葉です。ともするとすごく気負った感じに聞こえますが、アドラーの話と引きつけると非常によくわかります。つまり「AだからBできない」という原因論では、個人がAに支配されてしまっている。アドラーは「Bできない理由として、私がAを利用しているだけだ」と考えるわけですね。自分で「できない(cannot)」と思っているのが、じつは「やろうとしていない(will not)」だけだと言われたのはかなり身に染みました。

岸見 厳しいですよね。

神保 基本的に厳しいです。アドラー先生は。

岸見『嫌われる勇気』を読んですごくよかったと言って下さる方は多いのですが、「本当かな」とちょっと思うときはあります。本当にわかると「これは辛いな」「聞かなければよかった」と率直に思う人もいるだろうなとは思います。

神保 いずれにせよ是非読んでみてください。いろいろと思うところがあると思います。人生を幸せにするためのヒントが得られるかもしれません。

宮台 岸見先生は『嫌われる勇気』『アドラー心理学入門』の2冊だけではなく、アドラーの翻訳もたくさん出しておられます。今はそれらもすべて手に入りますから是非読んで欲しいですね。アドラーの本はけっして難しくない。フロイトの本との違いです。

神保 それがアドラーの非常に大事にしたところのようですね。それでは長い時間ありがとうございました。

宮台 ありがとうございました。

岸見 こちらこそ、ありがとうございました。

(終わり)
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