世界17カ国の約2万7000人を対象にした調査の解析によると、歩行速度と記憶力の簡単なテストで将来の認知症発症リスクが診断できるようだ。米イェシバ大学の研究者らの報告。

 同グループはもともと、歩く速さと認知症リスクをテーマにしてきた。その結果から、運動機能でわかる前認知症状態とでもいうか、「運動認知リスク症候群(MCR)」という概念を提唱してきた。今回の解析では、歩行速度と記憶力の有無を尋ねるだけの簡単なテストの妥当性を検証している。

 解析対象はまだ認知症ではない60歳以上の男女。このうち、9.7%がすでにMCRの状態だった。当然、高齢になるほど有病率は上昇したが、男女差はなかった。また高学歴の対象者は、有病率が低い傾向が認められている。

 次に、MCRが将来の認知症発症に結びつくかを検証するため、MCRとされた約5000人に絞り込んで検討した。最長、12年間にわたる追跡の結果、MCRと診断された人は、そうではなかった人と比べて認知症発症率が約2倍に増加していたのである。

 MCR診断で歩行速度が「遅い」とされるのは、時速にして約3.5キロメートル以下。さらに1分当たり36メートル未満にまで落ちると「明らかに異常」と診断される。不動産広告に使われる「徒歩所用時間」は1分当たり80メートルだから、「駅から5分」の物件に10分以上かかってたどり着く計算だ。これに自覚的な記憶力の問題を抱えていれば、MCRというわけ。

 近年、運動機能や筋力と認知症リスクに関する研究成果が数多く報告されている。どうやら、脳機能と運動機能、それを支える丈夫な循環器(心肺)は密に関係するらしい。心肺機能が低下すれば、肝心の脳血流も減るのだから、当然かもしれない。

 記憶力の低下が気になる人は、駅から家までの所用時間を時折測ってみるのも一案だろう。明らかに歩行速度が落ちてきたなら、脳トレや心肺機能を鍛える運動を生活に取り入れよう。

 ただし、慢性寄り道症候群や帰宅拒否症候群の方は、別の方法を考えてください。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)