今年は終戦から70年を迎える重要な年であり、特に中国・韓国といかなる関係を構築するのかが改めて議論されている。揺れる巨人・中国はどこに向かっているのか、そして、日本は中国といかに向き合えばよいのか。東京大学名誉教授であり、「日中歴史共同研究委員会」日本側座長や「21世紀構想懇談会」座長代理を務めた北岡伸一氏に、加藤嘉一氏が聞いた。北岡氏との対談は全4回。

「中国夢」の目的は何か

加藤 いま、習近平国家主席は「中国夢」(チャイナ・ドリーム)、すなわち「中華民族の偉大なる復興」をスローガンに掲げ、政治を進めています。中国共産党が創立100周年を迎える2021年、そして中華人民共和国建国100周年の2049年という時間軸を意識しているようですが、いつの時代に“復興”するのか、その意図は何かなど、不透明な点も多いです。

 北岡先生は、歴史学者という立場からご覧になって、習近平が掲げる「中国夢」というコンセプトにどのような感想を持たれましたか?

北岡 中国には、こうしたコンセプトが必要だと考えているのでしょう。ただ、もし心からそれを信じているのであれば、それは困ったことですね。

「中華民族の偉大なる復興」は<br />リアリティを持たない北岡伸一(きたおか・しんいち)
1948年、奈良県生まれ。76年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、法学博士。立教大学教授、東京大学教授を経て、現在、国際大学学長、政策研究大学院大学学長特別補佐・特別教授、東京大学名誉教授を務める。その間、04‐06年には日本政府国連代表部次席大使を務めたほか、日中歴史共同研究委員会日本側座長などを歴任する。著書に『清沢洌―外交評論の運命』(増補版、中公新書、サントリー学芸賞)、『日米関係のリアリズム』(中公叢書、読売論壇賞)、『自民党―政権党の三八年』(中公文庫、吉野作造賞)など多数。

 中華民族の偉大なる復興とは、何に対置したものなのか。アカデミックな議論をすると、その点も解釈に困ります。加藤さんがおっしゃるように、戻るといっても、いったいどこに戻るのでしょう。おそらく、心情的には唐の時代なのでしょう。ただ、現在議論されている過去の栄光を面積で見ると、元か清ですよね。そもそも、「中華民族」は存在しません。あるとすれば漢民族です。何が中華民族なのかと疑問に思うわけです。また、そこに含まれる少数民族についてはどう理解すべきなのか。

 そうしたことを踏まえて、このコンセプトを打ち出した目的は何なんだろうかという点を考えてしまいます。

加藤 北岡先生は、その目的は何かと考えていらっしゃいますか?

北岡 目的はやはり、崩壊(disintegration)を避けることではないでしょうか。バラバラになる理由は、異論に対する弾圧、少数民族に対する弾圧もあるでしょう。そもそも、どのような国でも、国が豊かになると、必ずしも全体に対して奉仕する気持ちを持つことは簡単ではありませんからね。中国夢について、中国の国内ではどのように受け止められるんですか?

加藤 一般大衆世論では、これは単なる政治スローガンにすぎないと捉えられていて、人民たちはみずからの生活とそれほど関係の深いものだとは認識していないようです。ただ、対外関係という文脈のなかで、それによってナショナリズムがくすぐられることはあるようですが。

 また知識人たちは、前国家主席の胡錦濤が提唱した「和諧社会」に近いものだと思っているようです。私自身のウォッチでは、同じく胡錦濤が指摘した「科学的発展観」に相当するガバナンス方針という意味で、おそらく昨今における「四つの全面」(小康社会、改革深化、法に依る統治、厳格な党の管理を全面的に推し進めること)のほうがそれに近いのかなと見ています。