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かつて、社員の離職率が28%に達しサイボウズは、どのようにして社員が辞めない「100人100通り」の働き方ができる会社になったのか? その過程と、多様性をマネジメントする手法を詳細に記した書籍、『チームのことだけ、考えた。』より、サイボウズの創業期から会社の改革に着手するまでの部分を紹介する連載の第5回。
藁にもすがる思いで青野社長が手を伸ばしたのは、あの神様の本でした……

真剣スイッチON。
「頑張る」のと「命を懸ける」のではレベルが違う

 とりあえず働くしかない。平日だろうが休日だろうが。気分が落ち込んでいても関係ない。とにかく出社あるのみだ。1分1秒でも長く会社で働いているという現実だけが私の気休めだった。

 ある日曜日の朝、いつものようにコンビニに立ち寄り、おにぎりを買ってから出社しようとしていた私は、ふと本棚のコーナーに目をやった。『松下幸之助 日々のことば』という本が置いてあった。松下幸之助氏の名言を365日分まとめた本だった。なんとなく手を伸ばして開いてみた。藁にもすがる思いだったのかもしれない。その本の最初、すなわち1月1日のところにこう書いてあった。「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」。頭に雷が落ちた気がした。最初に書いてあるということは、これが最も大事なことなのだろう。「真剣」という言葉は「真の剣」と書く。つまり、うまくいかなかったら死ねという意味だと理解した。「真剣」という言葉が何度も自分を刺した。果たして自分は真剣だったのだろうか。失敗したら死ぬつもりで取り組んだのだろうか。答えはノーだ。明確にノーだ。「私がサイボウズについて一番詳しいのだから、私が社長をすれば何とかなるだろう」くらいに軽く思っていた。

 振り返ってみれば、今までの私は「それなりに頑張ればなんとかなる」人生だった。塾に行かなくても適当に授業を聞いていれば希望の大学に入れた。バブルが崩壊した直後でも、大学の教授の推薦で希望する関西の大手電機メーカーに入社できた。ソフトウェアの事業をやりたいと思い、起業してみたらすぐに黒字になって、3年で上場できた。「私は運が強い。才能もある。それなりに頑張ればなんとかなる」。どこかでそんな風に考えていたのだと思う。

 しかし、ここから先は違う。自分より才能のある人などいくらでもいる。自分より努力する人もいくらでもいる。自分より運のいい人もいくらでもいる。「頑張ればなんとかなる」などあり得ない。勝負できる一点に絞り、命を懸ける想いで取り組まなければ、ここから先には進めない。「頑張る」のと「命を懸ける」のではレベルが違うことを理解した。

 私はこれから真剣に取り組む。社長として、この会社の成功に命を懸ける。失敗したら死んでもよいと覚悟を決める。そう考えた途端、気持ちに迷いがなくなった。私は覚悟を決めるということを学び、自分の真剣スイッチを生まれて初めてONにした。

あきらめるだけなら誰でもできる。
保身をあきらめることが覚悟のコツ

 自分の心構えに変化が表れているのを感じていた。たとえば会議。それまでは軽い気持ちで出席することが多かった。しかし覚悟を決めて会議に参加すると、心構えがまったく違う。一言でも聞き漏らさないように耳をそばだてる。疑問が湧けばすぐに質問をする。中途半端な提案だと思えば遠慮なく却下する。

 覚悟ができ始めると、周囲の人たちの動きに動揺することがなくなってきた。新たに退職者が出ても心がぶれない。穏やかな心境だ。元気に退職していく人を見ると、心から頑張れと応援する自分がいた。元気なく退職していく人がいると、相談に乗ろうとする自分がいた。

 ある日、私に退職を告げに来た社員がいた。楽しく働けていなかったようだったから、転職は良い選択だと思った。まだ転職先が決まっていないと言ったので、転職先探しを手伝おうかと伝えた。彼は「止めてくれないんですか?」と不思議がった。私は笑った。そして、彼はサイボウズを辞めずに残る決断をした。それから彼は人が変わったように活躍した。

 真剣に成功を目指したとき、会社を去る人のことをくよくよ悩むだろうか。悩まない。そんな余裕はない。残った人で何とか成功することに集中する。誰かに批判されたことを気に掛けるだろうか。掛けない。批判されても死にはしない。粛々と次の課題に取り組むだけだ。

 「覚悟」という言葉には大きく2つの意味がある。1つは「リスクを受け止める心構え」。これは前向きな意味だ。もう1つは「あきらめ」。これは後ろ向きな意味だ。しかし、この2つの意味が共存するのが覚悟という言葉だ。理想を実現するためなら、どんなリスクであろうと受け止める覚悟を決めること。それは、その理想以外のすべてをあきらめるということでもある。

 覚悟を決めている人は言い訳をしない。どれだけ責められてもよいと覚悟をしているから言い訳をする必要がない。言い訳をしない人は心が強い人だ。しかし、心が弱い人でもその領域に行けると気付いた。それは、保身をあきらめることだ。あきらめるだけなら誰でもできる。誰からどのように責め立てられようが、その内容に納得いかないものがあろうが、必ずしも自分の責任だけではないことだろうが、保身をあきらめる覚悟。保身に時間を費やすのではなく、再度理想に向かって粛々と行動し続ける覚悟。

 私もとにかくこのサイボウズという組織がよりよい状態になることに全力を尽くそう。1人の経営者として、世の中でどのような評価をされてもかまわない。できることに集中しよう。

 覚悟のコツをつかむことで、自分に自信が戻り始めていた。以前の私は日々の結果に一喜一憂していたが、実は自信がなかったのかもしれない。自信とは、自分を信じると書く。目先の結果で自分の評価を変えるのは、自信がない証拠ではないか。今、目の前で辛い結果が起きようとも、その困難に向き合おう。

 そして、その後も次々と困難が発生した。子会社の業績悪化、本社の売上の低迷、社員との雇用問題、うつ病、役員やマネージャーの退職、リーマンショック、強大な競合の参入、販売パートナーからの圧力など。逃げずに向き合うことしかできなかったが、向き合えば問題が解決に近づくことがわかった。自分は自分のベストを尽くすしかない。それで無理ならあきらめるしかない。逃げようとしていない自分にふと気が付くと、そこに自分の成長を感じた。階段を1つ上がった気がした。

 今までに受けた取材で「青野さんの座右の銘は?」と聞かれることが何度かあった。特にないので適当に答えていたが、今、それを得た。「真剣」。これを座右の銘にしよう。もう逃げない。揺るがない真剣さを持って、鬼の形相で事業に取り組む。結果はどうなるかわからない。うまくいかなかったら仕方がない。私の首を遠慮なくかき切ってくれ。どうせ一度は絶望の淵に沈んだ身だ。もう一度チャレンジさせていただけるだけでもありがたい。

 高校の授業以来、20年ぶりに書道をした。半紙に「真剣」と書き、自分の座席からいつも見えるところに貼った。文字通り、座右の銘だ。これから私は真剣に生きていくのだ。

 ※次回は1/6公開予定です

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青野慶久 

あおの・よしひさ 1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2015年11月時点で有料契約社は12,000社を超える。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)がある。


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書籍『チームのことだけ、考えた。』は、社員の離職率が28%に達し、ブラック企業になっていたサイボウズを、“社員が辞めない変な会社”に変えた、理系社長の奮闘記です。
この連載では、その冒頭部分、創業期から会社の改革に至るまでの「前史」とも言える部分を公開します。

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