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サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか
【第3回】 2015年12月26日
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青野慶久

人事もM&Aも大失敗。
何の会社かよくわからなくなる

かつて、社員の離職率が28%に達しサイボウズは、どのようにして社員が辞めない「100人100通り」の働き方ができる会社になったのか? その過程と、多様性をマネジメントする手法を詳細に記した書籍、『チームのことだけ、考えた。』より、サイボウズの創業期から会社の改革に着手するまでの部分を紹介する連載の第3回。
売上の回復を狙って導入した事業部制と成果主義でしたが……、

事業部制と成果主義。
初めての人事制度は大失敗

 事業の成長が止まるのは時間の問題だった。そもそも持続的に成長できるビジネスモデルではなかったのだ。ウェブ技術を使って安くて便利なグループウェアを作り、徹底的に広告を出し、インターネットで売り切る。永続するはずがない。ソフトウェアは食料品のように食べてなくなるものではない。毎日使っても、減ることもなければ故障することもない。1回買ったら永久に使い続けられる。

 ある顧客から絶賛されたことがあった。「うちの会社はサイボウズなしでは仕事にならない。サイボウズには本当にお世話になっている」。会社に帰って、この顧客の購買履歴を調べたら、何年も前に一度ソフトを買い、バージョンアップをすることなく使い続けていた。顧客は喜んでいるが、我々には資金が入らない。

 生き残るためには持続的にお金をもらえる仕組みを作らなければならない。売上の大半を占める「サイボウズ Office」では、毎年料金をいただく保守契約を新たに作った。製品のバージョンアップやサポートを年間契約で提供するものだ。これを既存の顧客に勧めてまわったが、無料で使い続けられることに満足している顧客には保守契約をする理由がない。保守契約が定着するには数年の時間が必要だった。

 売上を回復するには別の製品が必要だと考えた。今までのように中小企業や大企業の部門を対象としたグループウェアでは、売上の規模が小さいうえに、保守契約をしてくれる確率が低い。ならば、大企業の情報システム部門が、全社で導入する大規模のグループウェアを作ればよいではないか。一度にもらえる売上が大きくなり、また、安心のために保守契約をしてくれるだろう。そこで、大企業向けグループウェアを開発することにした。また、今までのようなスケジュール共有や掲示板のアプリケーションではなく、データベースやメールを共有できる新しい情報共有アプリケーションを開発することも決めた。

 これらの4製品が揃えば、リスクを分散しながら再度事業を成長軌道に乗せられると考えた。しかし、急がなければならない。そこで、会社を製品ごとに4つの事業部に分け、各事業部で迅速に意思決定をして進めていく体制にした。それぞれの事業部には事業部長を置き、思い切って権限を委譲した。私は大企業向けグループウェアの事業部長を務めることになった。他の事業部のことを気にすることなく、それぞれが思い切って事業を進めた。

 さらに、失われてしまったサイボウズのハングリー精神を復活させたいと考えた。我々は、日本の大企業でよく見かける年功序列制度を生ぬるいものとして嫌っていた。これからの時代は成果主義だ。若くても成果を上げる人に報いることで、強いモチベーションを引き出せる。そこで、成果主義に基づく人事制度を作ることにした。サイボウズにとって初の人事制度であり、完全な成果主義を目指した。まず、上司と話し合って目標を立て、どこまで達成したかで点数を付ける。点数は社員同士で比較し、点数が上位半分の社員は給料が上がる。残りの半分は給与が上がらない。特に点数が悪い者については、改善を求め、それでも点数が上がらないようなら退社を促す。コンセプトは「アップorアウト」。社内競争だ。そして、ボーナスも社員の士気を高めるには重要だと考えた。ボーナスは、まず事業部の業績によって大きく配分され、その先は事業部長の一存で誰にいくら渡すか決められるようにした。

 これらの人事制度の結果はひどいものだった。社員同士の競争を促進したため、今までにも増して他人の仕事を手伝わなくなった。当たり前の結果だ。他人の目標達成率が上がれば、相対的に自分は不利になるのだから。また、妙に低い目標を立てる人が出てきた。自分の評価点は、自分の目標に対する達成率で決まるのだから、できるだけ低い目標を設定したほうが有利になる。給与にこだわる者は、上司に掛け合って目標を下げようとした。逆に、事業へのチャレンジ精神が旺盛な者は、自分を鼓舞するために高い目標を設定し、自身の評価を下げることにつながっていた。これでは逆効果だ。

 また、ボーナスも士気向上にはつながらなかった。既存の売れ筋製品を扱う事業部は大きな利益が出ているため、中核メンバーは多額のボーナスを手にした。しかし、立ち上げ途中の新製品を扱う事業部は、当面は赤字の状態だからボーナスは全員ゼロだ。自分の努力にまったく連動しないボーナスの金額に対し、納得できない社員は辞めていき、離職率は20%前後と高い状態が続いた。

 また、事業部を分けたことも新たな問題を生んだ。当時のサイボウズはまだ正社員が80人程度だから、細かく組織を分けることは事業の縮小を意味する。こぢんまりとした4つの組織で、こぢんまりとしたソフトが作られ、こぢんまりと売られるようになった。当時のサイボウズの一体感のなさもあり、事業部間が協力し合うことはなかった。

 人事制度はめちゃくちゃだったが、なんと売上は持ち直した。単純に事業環境がよかったと言わざるを得ない。当時のサイボウズにはまだ勢いが残っていた。人事制度がどうあろうと気にしない、気合いと根性を持ったメンバーがキーマンとなり、他のメンバーの頑張りを引き出した。そして新製品の事業が立ち上がり、売上は回復していった。異様な熱意だけを頼りに頑張り抜き、サイボウズはなんとか生き延び続けた。

社長になった私の暴走。
手当たり次第のM&A戦略

 社内ではさまざまな歪みが大きくなっていた。と同時に、別の問題が発生した。創業時から社長を務め続けていた高須賀さんが、サイボウズの経営に興味がなくなっていた。創業からずっと3人でやってきて、数え切れないほどの議論をしてきた。高須賀さんはでき上がった会社を経営するよりも、ゼロから会社を興すことに強い思い入れがあるのを知っている。起業した当初のワクワク感を今のサイボウズに求めることはできない。次の体制を作るときがきたのだ。

 私は畑さんと相談をした。畑さんは生粋のプログラマーで、社長を務めることに興味がない。私自身も社長をするタイプではないと思っていたが、今は非常時だ。私が社長を務めることを決意した。ベストでなくともベターな解だろう。私にはサイボウズを立て直す自信があった。サイボウズのことを一番よく知っているのは私だ。創業から今までサイボウズで起こってきたことをずっと近くで見てきた。これも運命だ。

 2004年末、創業者3人が集まって何度も話し合った。そして私が社長を引き継ぐことが決まった。2005年4月に開催された株主総会をもって、私が公式にサイボウズの代表取締役社長に就任した。

 私はサイボウズの現状に我慢ならなかった。2002年の減収減益を乗り越え、再び成長し始めていたものの、売上成長率は10%程度。売上高経常利益率は20%を切ったままだ。こんなつまらない会社にしたいわけではない。サイボウズはグローバルに活躍する可能性を秘めたITベンチャーだ。もっと勢いよく成長する企業にしたいと思った。

 2005年1月期の売上は約29億円だったが、これを向こう3年で2倍の60億円にしたいと考えた。社長に就任するにあたり、私はこの売上倍増目標を社内で宣言し、3年分の事業計画を立てた。既存のソフトウェア事業はここまで伸ばし、別途こんな新事業を立ち上げ、トータルで売上を倍増させる。現状を打破し、もう一度勢いのある会社を作るのだ。ド派手な事業計画を作り、実行を社員に求めた。私は1人で暴走していた。

 事業規模拡大のための戦略の1つがM&Aであった。グループウェア市場は競争が激しいだけでなく、すでに市場が飽和しつつあった。今後も持続的にサイボウズが成長していくためには、新しい市場に事業を広げていかなければならない。そのためにM&Aという手段を有効に使い、別の事業をスピーディに手に入れる。サイボウズは創業した年からずっと利益を出し続けてきたこともあり、M&A戦略を進めるための買収資金が手元にあった。

 M&Aについてはまったくノウハウがなかったが、手当たり次第に買収した。社長就任から1年半で9社を傘下に収めた。携帯電話の販売、人材派遣、中小企業のコンサルティング、ホテルの予約サービス、シンクライアントのハードウェア、セキュリティ情報サービスなど。ソフトウェア分野に限らず、さまざまな事業を次々と買収していった。2005年1月期に売上高が29億円だったサイボウズは、2008年1月期にはグループでの連結売上高が120億円を超えるまでになっていった。一方、本業のグループウェア事業は、3年経ってもまだ40億円弱の売上にとどまっており、この時点で何の会社かよくわからなくなっていた。
 
※次回は12/28公開予定です

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青野慶久 

あおの・よしひさ 1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2015年11月時点で有料契約社は12,000社を超える。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)がある。


サイボウズはどのようにして「100人100通り」の働き方ができる会社になったか

書籍『チームのことだけ、考えた。』は、社員の離職率が28%に達し、ブラック企業になっていたサイボウズを、“社員が辞めない変な会社”に変えた、理系社長の奮闘記です。
この連載では、その冒頭部分、創業期から会社の改革に至るまでの「前史」とも言える部分を公開します。

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