前回と前々回で取り上げた「理不尽に厳しい新入社員研修」。それは企業にとっては、若手を早期に一人前に育てたいという意欲のあらわれでしょう。一方で、心ある若手の多くは、企業の思いと同じように「早く一人前になりたい」と強く願っています。そこでは思いが一致しているように見えますが、現実には、なかなかしっくりとしない。同床異夢というべきか、微妙にすれ違っていることが少なくありません。なぜ、このようなすれ違いが起こるのか。どうすれば、すれ違いが解消されるのか。今回は、それを考えてみましょう。(ダイヤモンド社人材開発事業部副部長・間杉俊彦)
企業と若手で
食い違う「成長」の定義
言うまでもありませんが、人材の育成には時間がかかります。自分のことを振り返ってみても、そのことは明らかでしょう。多くの先輩や上司の手をわずらわせ、失敗を繰り返し、ちょっとした成功体験を励みにしながら、私たちは一人前になって行きました。
バブル崩壊をはさんだ、この20年のあいだに、企業は「余裕」を失いました。人材育成を担当している方々は、人を育てるのには時間がかかるということを十分、理解しています。しかし、それが全社的なコンセンサスになっているかと言えば、そうではありません。
特に経営者は待ってはくれません。いまは四半期決算が定着し、企業は3ヵ月ごとに活動のゴールを設定し、達成を競うという慌しさ。私は、「若手が育たない」という嘆き(もしくは人事への批判)の裏側には、この3ヵ月サイクルというモノサシがあるような気がしてなりません。つまり、「早く育てろ!」という上層部からのプレッシャーは、四半期決算をベースに企業組織が動いているからではないかと思うのです。
しかし、人は3ヵ月では育ちません。企業は人事部門に対して、また当の若手社員に対して、かなり無茶な期待をしているのではないでしょうか。
ここで大事なのは、「一定期間に、どのぐらい成長することを目標にするか」という定義であり、その社内での共有であり、また若手社員への明示です。期待値を共有しないままに、主観的判断から「育っていない」と責めたところで、あまり意味がありません。
それは当の若手との関係にもあてはまります。私自身の経験ですが、ある新入社員に「自分が成長しているとは感じられないのですが」と相談されたことがあります。でも、私から見ると、「新人にしてはよくやっており、少しずつ成長している」のです。
例えば、事業部が抱える商品について、お客様のところに行って一人で説明することができる。入社半年後にそれができるのなら、それはけっこう成長が早いと見なせます。しかし、その新人は、そうは思っていなかったのです。