仮想通貨の盛り上がりや、3メガバンクで合計3万人を超える大規模なリストラが発表されるなど、新技術ブロックチェーンによって起こされる変革が次々と実現している。
その動きを受けて再び注目を集めているのが、2016年に発売されたブロックチェーン関係者のバイブル『ブロックチェーン・レボリューション』だ。
改めて、いま最も読むべき本として、同書の第1章を公開するシリーズの第2回(第1回はこちら)。

(注)この記事は2016年12月に配信された記事を再編集したものです。

ブロックチェーンはインターネットの<br />ルーク・スカイウォーカーだ

テクノロジーが企業や政治家の嘘を暴く

 このところ、企業に対する信頼度は下がる一方だ。

 PR会社のエデルマンが毎年発表している「トラストバロメーター」によると、2015年の企業・政府機関に対する信頼度は、2008年の世界同時不況の頃と同じレベルにまで低下した。テクノロジー業界は信頼度の高い業界として知られていたが、多くの国で今回初めて信頼度が下がる結果になった。なかでもCEOや官僚に対する信頼度は最低で、学者や専門家に大きく引き離されている。

 ギャラップのアメリカ世論調査でも同様の結果が出ている。何の組織・機関が信頼できるかというランキングで「企業」は「連邦議会」に次いで2番目に低い順位となった。

 ブロックチェーン以前の世界では、それぞれの個人や組織が誠実に行動することで信頼が成り立っていた。

 といっても、相手が誠実かどうかなんて普通はわからない。だから第三者をあいだに置いて、相手が約束どおり行動することを保証してもらう。そうした仲介者に取引記録を預け、オンライン取引のロジックをまかせてしまうことも多い。仲介者となる企業(ペイパル、Visa、Uber、アップル、グーグルなど)や銀行、政府は、その過程でたっぷりと手数料を稼いでいる。

 一方、これからのブロックチェーン時代には、ネットワークが信頼を担保してくれる。あるいはネットワークに接続されたモノが、信頼できるかどうかを勝手に判断してくれる。

「電球でも心臓モニターでも、そのモノがきちんと機能しなかったり対価を払わなかったりした場合、ほかのモノたちから自動的に拒絶されるようになるんです」

 情報セキュリティ会社ワイスキーのカルロス・モレイラCEOはそう語る。ブロックチェーン上の情報がそれを可能にするのだ。

 もちろん、帳簿に記録できない信頼だってある。ビジネスの信頼すべてが自動化できるわけではない。それでも、ブロックチェーンをうまく使えば、世界は今よりずっと安全で信頼できる場所になるはずだ。

 今後ブロックチェーンで取引をする会社は、信頼度が大幅に向上するだろう。上場企業や政府の財務情報はブロックチェーンで管理するのが当たり前になるかもしれない。そうやって見通しがよくなれば、高給取りのCEOが本当に仕事をしているかどうかは一目瞭然だ。スマートコントラクト(プログラム化された契約)を使えば契約違反はほぼ不可能だし、政治家が不誠実な行動をすればすぐに国民の知るところとなる。

インターネットの帰還

 インターネットの始まりにあったのは、若きルーク・スカイウォーカーの精神だった。

 辺境の惑星からやってきた若者が悪の帝国を倒し、ドットコムの力で新たな文明を築き上げる。多くの人が、そんな無邪気な期待をインターネットに寄せていた。少数の権力者に支配された既存のビジネスをぶち壊してくれるんじゃないかと思っていたのだ。

 それまでメディアは巨大な権力にコントロールされていて、みんな黙ってその情報を受けとるしかなかった。でもインターネットという新たなメディアでは、世界中の人びとが主役だ。発言力は広く行きわたり、人びとはもはや無力な受信者ではなくアクティブな発信者になる。

 対等なコミュニケーションが世界を満たし、古くさいヒエラルキーは滅びて、どんな小さな村に住んでいてもグローバルな経済で活躍できるようになる。人の価値を決めるのは肩書きではなく、行動だ。インドでいい仕事をしていれば、その評判は世界に届く。世界はもっとフラットで、柔軟で、流動的で、実力が評価される場所になる。そしてテクノロジーは、少数の富裕層だけでなく、あらゆる人に豊かさをもたらしてくれる。

 そうなるはずだった。

 実現したこともいくつかある。ウィキペディアやリナックスのようなマス・コラボレーションが登場し、通信とアウトソーシングのおかげで途上国にいてもグローバルな経済に参加しやすくなった。いまや20億人の人がソーシャルにつながりあい、以前ならありえないようなやり方で情報にアクセスできるようになった。

 ところがやがて、帝国の逆襲が始まった。大企業や政府は、インターネットが持っていた民主的なしくみをねじ曲げ、自分たちの都合のいいようにつくり変えてしまったのだ。

 大企業や政府はインターネットの支配者となった。ネットワークのインフラ、価値ある膨大な情報、ビジネスや生活を動かすアルゴリズム、無数のアプリケーション、それに今後伸びてくる機械学習や自動運転車。シリコンバレーやウォール街や上海やソウルの限られた人たちが技術を囲い込み、それを使って莫大な富を手に入れ、経済と社会に対する影響力をますます強めていく。

 インターネットの最初期に懸念されていたダークサイドは、そのまま現実になった。

 GDPは増加しているのに、それに見合った数の雇用が生まれない。富が増えるのと同じ勢いで、格差が広がっている。オープンで公平でみんなのものだったインターネットは、壁で仕切られ、専有され、中身の見えないソフトウェアをおとなしく使うしかない世界になった。巨大なテクノロジー企業が技術を囲い込み、過剰な利益をかすめとっていく。

 その結果、富の集中と固定化はますます激しくなった。ひと握りの企業が大量のデータを所有し、それをもとにさらなるデータを手に入れ、自らの帝国を拡大している。こういう状況は、その起源はどうあれ、いまや害悪でしかない。

 アマゾン、グーグル、アップル、フェイスブックなどの肥大化したネット企業は、僕たちがこっそりしまっておきたいようなデータまで大々的に収集している。人びとのデータはいつのまにか大企業の「資産」に組み込まれ、プライバシーや個人の自由という言葉は以前のような意味を持たなくなってしまった。

 政府もダークサイドに堕ちた。いまや民主主義国の多くが、情報と通信技術を駆使して人びとを見張り、世論を操作し、自分たちに都合のいい政策を推し進め、権利と自由を踏みにじり、そうして自分たちの権力を確固たるものにしようとしている。中国やイランのような抑圧的政府にいたっては、インターネットを外の世界から隔離し、反対意見を押しつぶして国民を思い通りに操ろうとしているほどだ。

 ウェブは死んだ、と主張する人もいる。
 でも、そうとは限らない。

 ブロックチェーン技術は、こうしたネガティブな流れを押し返す新たな波だ。世界はついに本当の意味でのP2Pプラットフォームを手に入れた。これからどんどんすごいことが可能になるはずだ。

 僕たちはアイデンティティや個人情報を自分の手に取りもどせる。巨大な仲介者を通さなくても、自由に価値を創造して交換することが可能になる。お金の流れからはじき出された何十億という人たちがグローバルな経済活動に参加できる。プライバシーが守られ、自分の情報を自分で活用できるようになる。クリエイターは作品の対価を正当に受けとれる。経済格差を解消する方法は、富の再分配だけではない。小さな農家やミュージシャンにも富がきちんと分散されるしくみをつくればいいのだ。

 可能性はとどまるところを知らない。

アイデンティティを自分の手に取りもどす

 新たなメディアが誕生するごとに、人は未知の領域に踏みだしてきた。情報を記録するメディアはいわば時空を超え、死を超越する力を人類に与えてくれる。そうして神の力を手に入れたとき、人は本質的な問いに直面する。

 私は誰なのか。人であるとはどういうことか。自分とはいったい何を意味するのか。

 マーシャル・マクルーハンが見抜いたように、メディアはやがてメッセージになる。人はメディアをつくり、メディアが人をつくり変える。脳は適応する。組織も適応する。社会全体が適応する。

「しかるべき機関からカードを発行してもらって、それがアイデンティティになるわけですよね」とワイスキー社のカルロス・モレイラは言う。生まれたときの出生証明書が、あなたの最初のIDだ。そこに数々の情報が結びつき、記録される。ブロックチェーン時代になれば、出生証明書から学費ローン、その後のやりとりをすべてひとつのチェーンに記録するということも可能になる。

「きみは、きみのプロジェクトだ」とかつてトム・ピーターズは言った。人を規定するのは、所属する会社や肩書きではないという意味だ。今ならこう言えるだろう。「きみは、きみのデータだ」

 ただし問題がひとつある。「アイデンティティは自分のものなのに、その行動を記録したデータは誰か別の人の手に渡っています」とモレイラは言う。企業はそうした行動の軌跡をもとにあなたのことを判断する。各種データを集めてバーチャルなあなたを構築し、バーチャルなあなたに対して数々の便宜を図ってくれる。ただし、タダで手に入るものなどない。代償となるのは、あなたのプライバシーだ。

「プライバシーは死んだ。あきらめろ」と言う人もいる。でもそう簡単にあきらめるわけにはいかない。プライバシーは自由な社会の基盤なのだから。

「人はアイデンティティという概念をかなりシンプルに捉えています」とブロックチェーン技術者で情報セキュリティ専門家のアンドレアス・アントノプロスは言う。アイデンティティという言葉には、自分と、世の中に映る自分のイメージ、そして自分やそのイメージに付属する数々の属性がざっくり含まれているようだ。そのなかには持って生まれたものもあれば、国や企業に付与されたものもある。いくつもの役割を兼任することもあるし、時とともに役割が変わることもある。世の中のニーズが変わり、会社組織が変われば、あなたの役割もそれに応じて変わってしまう。

 けれど、もしもバーチャルな自分を自分だけのものにできたらどうだろう。つまり自分というものをブラックボックス化して、外から操作できないようにするのだ。何かの許可を得るときは、それに関連するデータだけ見せればいい。そもそも、なぜ運転免許証に個人情報がずらずらと書かれているのだろう。運転免許試験に合格したという情報だけでいいじゃないか。

 インターネットの新たな時代を想像してみてほしい。あなたは自分をさらけだす必要はなく、バーチャルなアバターを見せるだけでいい。そのアバターがブラックボックスの中身を厳重に管理し、きれいに整理整頓しながら、状況に応じて必要な情報だけを開示してくれる。

 まるで『マトリックス』や『アバター』の世界みたいに思えるかもしれない。でもブロックチェーン技術を使えば、そんなことが可能になる。コンセンサス・システムズのジョセフ・ルービンCEOは、これを「永続的なデジタルID兼ペルソナ」と呼ぶ。

「友達と話すときと銀行と交渉するときでは、別々の顔を見せますよね。オンラインのデジタル世界でも、いろんなペルソナを使い分けて、その時々で違う側面を見せるようになると思います」

 ルービンは代表となるペルソナをひとつ置き、納税やローンの借り入れ、保険加入などはそのペルソナでおこなうことを想定している。

「そのほかに仕事のペルソナや家庭のペルソナを持っておいて、そっちのペルソナはローンのことなんか気にしないわけです。ゲームをするときはゲーマーのペルソナもほしいですよね。闇のペルソナもひとつつくって、別人みたいにネット上で行動しているかもしれない」

 ブラックボックスのなかには、官公庁が発行した身分証や、健康状態、財政状況、学歴、資格、その他あらゆる個人的な情報が含まれている。そのなかの限られたデータを、限られた期間だけ、限られた目的のために開示することができる。眼科に行くときとヘッジファンドに投資するときでは、見せたい情報も違うはずだ。そしてあなたのアバターは質問にイエスかノーで答え、それ以外の余計な情報は漏らさない。「あなたは20歳以上ですか?」「過去3年を通じて年収が10万ドル以上でしたか?」「体重は標準範囲におさまっていますか?」

 物理的な世界では、あなたの評判は場所に縛られている。近所のお店の人や上司や友人が、それぞれあなたに対する意見を持っている。一方、デジタル世界の評判は、距離を容易に超えられる。あなたがどこにいようとも、ペルソナの評判を上げることは可能だ。アフリカの奥地に住む人が電子ウォレットを活用し、世界中で得た評判をもとに「ほら、これだけ信用があるんですから起業資金を貸してください」と言うことだってできる。

 あなたのアイデンティティはもはや企業の道具ではなく、あなた自身の武器になるのだ。