ワークライフバランスに関する、示唆に富む研究結果を紹介。仕事中に、家庭のことを頭から締め出すのではなく、むしろ思い浮かぶままにするほうが、認知力の消耗を抑えられるという。


 経営幹部も従業員も、多くがワークライフバランスの維持に奮闘し、苦労している。家庭で有意義に過ごす時間と、優先順位の高い仕事を全うする時間。1週間でその両方の時間を十分につくろうとすることは、公私両面での消耗を招くようだ。結果、往々にして葛藤とストレスを抱え込むことになる。

 多くの人はそのストレスを抑制すべく、自分自身や時間に関して、「境界線」をもっと効果的に引こうと試みる。たとえば、仕事のメールをチェックする時間帯としない時間帯、携帯電話を持ち込む場所と持ち込まない場所、家に仕事を持ち帰ってよい頻度、などについて厳格なルールを設ける。

 たしかに一時期、ワークライフバランスに関する最良のアドバイスは、「仕事と私生活の間に明確な線引きをすること」であった。だが最近の研究によれば、仕事上の役割と家庭での役割を厳格に区別し続けることが、実際にはストレスを招いているおそれがあるという。仕事は職場に置きとどめ、家のことは門外に出さず――この方法とは反対に、双方を融合させれば、心身の健康と仕事のパフォーマンスが向上する可能性があるのだ。

 その根拠を理解するには、心理学の概念の1つ、「認知上の役割転換(cognitive role transition)」について知る必要がある。ある役割に積極的に従事している最中に、異なる役割に関する思念が浮かんでくる時、その人は認知上の役割転換を経験している。このような転換はたいてい、ささやかなものであり、すぐに消え去る。たとえば、友人と夜に外出中、親の誕生日を思い出すなどだ。しかし、2つの役割が生活の中でかけ離れていればいるほど、転換はより大規模になる。

 職場では、このような役割転換はストレスの元になりかねない。会社にいながら家庭のことが脳裏に浮かんでいる時、仕事上の役割から家庭での役割へと、認知の転換が起きている。この転換はたとえつかの間であっても、仕事の遂行に必要なエネルギーと集中力を消耗させるおそれがある。

 同じことが家庭でも当てはまる。夫婦での夕食中に、突然仕事絡みの思念が頭をよぎることがある。それを振り払うには努力が必要だ。

 こうした認知の転換は労力を伴う。したがって、その対処法としてつい最近まで奨励されてきたのは、「規律ある線引きによって、認知の転換を最小限に抑える」ことであった。

 しかしいま、ボールステート大学とセントルイス大学の研究チームが、事実はその反対である可能性を発見した。すなわち、境界線を曖昧にして仕事と私生活を融合させれば、認知転換への対処がうまくなり、認知資源の消耗も抑制できるというのだ。