戦略を、ただ評価し、承認している取締役会があまりに多い。ここで述べる3つの質問は、取締役会、そして経営幹部が、より優れた成果を上げる助けになる。

 役員室では夕刻が迫り、ある大手グローバルインフラ企業の建設事業責任者が苦境に立たされている。業界経験のある社外取締役(ジョン)が、投下資本利益率(ROIC)予測のベースとなる想定、すなわち、同業界におけるリース機器の比率が、保有機器に対して安定推移するという点を疑問視しているのだ。

 事業統括者が自信を持っているらしい安定推移の想定は、競争優位を維持できる環境と財務成果を意味している。だが、取締役は納得しない。「私の経験では、その比率は経済循環に伴って継続的に変化する」と、彼は言う。「この点が変化したと証明するファクトを君が持っているなら、この見込みに対する心証もぐんとよくなるのだが」

 落ち着かない沈黙が部屋に流れる。取締役会メンバーの指摘はかなり核心を突いているようだが、業界の動向パターンと経済状況への知見が必要で、残りの取締役陣はそれを持ち合わせていない。最終的に、会長が仲裁に入った。「ジョンが提起している疑問点は、建設事業だけでなく、全社的な戦略にとってきわめて重要だ。今日のところは本件に決着をつけず、オフサイトの戦略会議で徹底に扱うとしよう。では、ポール」と、会長はCEOに言う。「議論に向けた情報提供のために、優秀なスタッフを手配しようじゃないか」

 ここまでのやり取りに聞き覚えがあるなら、それも当然だ。金融危機の余波を受け、企業の取締役や経営幹部が変化した環境に対峙するなか、こうした気まずい会話[注1]は、世界中の取締役会でますます、よく見られるようになっている。

 企業に優れた戦略を持たせることは取締役会の最も重要な機能の1つであり、その経営能力の究極の指標である。だが、新たなガバナンス上の責任と加速する競争の変化によって、より多くの、そしてより優れた取締役会の戦略へのエンゲージメントが求められているにもかかわらず、取締役会の大多数は以下に述べるよく見られる課題に直面し機能をうまく果たせていないのが現状である。

戦略策定において取締役会が直面する困難

 まず、時間の問題がある。大半の取締役会は、1年間でおよそ6〜8回の会合を開くが、コンプライアンス関連の議題を超えて、戦略策定に必要な時間を確保するのは難しいことが多い。

 取締役が追加で時間を投入したいと考えている分野を知るために、私たち(マッキンゼー・アンド・カンパニー)が最近行った調査では、取締役の3人に2人が戦略を選んだ。また、44%の取締役が、所属する取締役会では、経営部門の戦略案を単純に再検討し、承認しているとした。

 なぜ、エンゲージメントがそこまで限定的なのか。可能性の高い理由の1つは、専門性の格差である。調査対象の取締役のうち、所属する企業が活動する業種のダイナミクスを完全に把握していると感じているのは、わずか10%だった。その結果、現行の戦略を全面的に理解していると主張するのは、全体の21%にすぎない(図表参照)。

図表

 さらに、自社の経営をどの程度の時間軸でとらえるかという観点で、より長い時間軸でとらえる取締役と、より短い時間軸でとらえるトップ経営幹部の間にはズレがあり、その調整の欠如によって、戦略のトレードオフに関する十分な情報に基づいて議論するのが難しくなる恐れがある。

「当社の会長には実質10年間が与えられる」と、あるアジアの鉄鋼メーカーのCEOは語る。「私は最長でも3年間で功績を上げる必要がある。現在の時間軸を超過するような戦略を思いついても、自分に期待された成果を実現することは不可能だ。それでも、長期的な株主価値の創出に向けて会長と協力することになっている。これでどう、うまくやれというのか?」

 もっともな疑問である。マッキンゼーの最新調査では、積極的な資本再分配を伴う大型の戦略的な動きは、長い目で見れば、消極的なアプローチに比べてより高い株主還元を実現するが、3年未満の期限では、リターンはより低くなると示しているのだからなおさらである[注2]

 これらの課題が積み重なり、経済的な不確実性が高まることで、多くの企業はその戦略サイクルの再考をうながされ、カレンダーに沿った形式的な進め方を離れて、より幅広い経営幹部グループとの頻繁かつ定期的な対話を含めたプロセスを取るようになる[注3]

 取締役会は、連携を保つために、このプロセスにおいて経営部門に関与し、経営部門も同様に、取締役会を迎え入れなければならない――プロセス全般を通じて、戦略の共同創出が混迷、さらに悪い場合に影の経営(シャドウ・マネジメント)とならないよう気をつけながら。