DHBR2019年7月号の特集は「なぜイノベーションを生み出し続ける企業は組織文化を大切にするのか」。これに関連し、このほど来日した「リーン・スタートアップ」生みの父であり、最も影響力のある経営思想家トップ50人(Thinkers50)に名を連ねる、スティーブ・ブランク・スタンフォード大学非常勤教授に、イノベーションを生み出し続けるポイントを尋ねた。(聞き手:小島健志・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部、構成:根岸あゆ美)

大企業は「スタートアップの大型版」ではない

――日本の多くの大企業や伝統的な企業が新規事業開発に取り組んでいますが、そのほとんどがうまくいっていません。企業が失敗する原因はどこにあると思いますか。

スティーブ・ブランク(Steve Blank)
シリコンバレーの元シリアルアントレプレナーであり、教育者、著述家。20年間のアントレプレナー時代はCEO含めさまざまな役職で8社のスタートアップの創業に携わり、そのうち4社は株式上場を果たす。
現役引退後は「リーン・スタートアップ」などの最新の起業手法の生みの親として知られ、スタンフォード大学、カルフォルニア大学、コロンビア大学、ニューヨーク大学にてアントレプレナーシップ講座『リーンローンチパッド』でも教鞭をとっている。氏自らが開発した『リーンローンチパッド』は、米国はもとより日本他の世界各国の多くの大学に普及。ハーバード・ビジネス・レビュー誌のイノベーションマスター12傑に選ばれるなど、イノベーションとアントレプレナーシップ分野のオピニオンリーダーとしても注目を浴びている。
著作に『アントレプレナーの教科書』、『スタート・アップマニュアル』などがある。氏のブログは起業家コミュニティの必読情報として知られる。
Photo: Takeshi Kojima

 実は、米国の企業もうまくいっていません。2013年のハーバード・ビジネス・レビュー誌に"Why the Lean Start-Up Change Everything"(邦訳「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方」)と銘打った記事を書きましたが、多くの大企業はそれに習って事業開発に取り組んできました。

 ですが、この5年で気づいたのは、大企業は「スタートアップの大型版」ではないということです。100年もの歴史があるマネジメントツールを使いながら、既存のビジネスモデルの実行を目指す大企業と、リスクを負いながら利益の上がるビジネスモデルを模索するスタートアップには大きな違いがあります。この根本的な違いを理解しなければうまくいきません。

 両者には大きく3つの違いがあります。まず、大企業には再現性がありスケーラブルなプロセスがあります。計画、予算、KPIがあり、これらを実行していかなければなりません。大企業ではほぼ全員がビジネスモデルを実行することに注力し、そのプロセスを実行できる人材を採用しています。一方で、スタートアップで働く人は全員、イノベーションを起こすことだけを考えています。当たり前のように聞こえることですが、スタートアップは生き残ること、すばやく成長することに注力しています。

 次に、大企業は成長の道のりが見えているため、収入、利益、市場シェア向上のためにビジネスを実行しないといけません。利益なしに大企業を運営したいといったら、株式市場が許さないでしょう。一方で、スタートアップは最初の5~10年間に利益を上げるべきなのかが明確でありません。いわゆるユニコーン企業と呼ばれる、評価額が10億ドルを超えるまでに成長した企業が初期段階で利益を上げていたかというと、ほとんどそうではありません。

 最後に、リスクのとり方です。少なくとも20世紀の米国では、スタートアップの一員が投資家に違法なことをやりたいといったら、クビになったはずですが、21世紀では、「うまくいった場合の市場規模は」などと返事があります。Uber(ウーバー)、Airbnb(エアビーアンドビー)、テスラ・モーターズなどは良い例です。現代では、既存企業を守るための社会ルールを破壊できるスタートアップに投資が集まるようになりました。米国では「レントシーキング」という言葉があります。ルール変更を求める力のことを指します。

 大企業は政府の定めるルールや規制を活用し、市場を占有しています。そこでスタートアップは「確かに法律があるが、意味をなさない法律で、消費者は新たなビジネスモデルを望んでいる」と考えるわけです。大企業の社員がこのアイデアを取締役に話している状況を想像してみましょう。おそらく「君はクレイジーだ。そんなことをしたら逮捕されるぞ」と言われるでしょう。株主や千人・万人規模の従業員を抱える大企業ではリスクが大きすぎるのです。ほとんどの従業員も給料目当てで、生活のために出勤し帰宅します。だからリスクが受け入れられないのです。

――両者の違いについて、「スタートアップとは、再現性があり拡張性のある(repeatable and scalable)ビジネスモデルを探すために作られる一時的な組織だ」とおっしゃっていますね。なぜそう思われたのか教えてください。

 スタートアップに再現性があるわけではありません。そのプロセスに再現性があるのです。再現性があるというのは、「顧客へ売る方法がわかった」という意味です。もし別の販売員を雇ったとしても、同じプロセスを使って売ることができる、そういう意味で再現性があるということです。

 最初に顧客層をつかまえ、より多くの資金を投入すれば顧客層も拡大する。そういうふうなビジネスモデルを探していく。それがスタートアップであり、100円投入すれば、150円回収できるということがわかるのが、再現性がありスケーラブルなモデルということです。

――スタートアップと大企業はまったく違うものだということですね。

 ええ、そうです。ここで日本の例を挙げましょう。第二次世界大戦後、日本はテクノロジー分野において最もイノベーティブな国に成長しました。1950~70年代には、日本からのイノベーションに米国は脅かされました。では、現代の日本人は劣り、中国人が賢くなったのでしょうか。それとも国と文化において何か変化があったのでしょうか。

 第二次世界大戦後の日本は危機的状況に陥っていました。使える工場やインフラはなく、イノベーションを起こす以外には何も残されていませんでした。大企業で働く人がイノベーションへと傾くときは、たいてい経営層の交代や危機的状況が起こっています。そしてその両方が起こっていることが多い。このような状況だからこそ、既存の企業のなかで桁外れのリスクを負うことができるのです。ですが、利益が出ていて、すべてうまくいっていて、みんなが一生懸命働いて、まあまあ幸せである状況では、「なぜリスクを負うのか」と立ち止まってしまうでしょう。それが現在の日本です。

 しかし現在の中国は1950~70年代の日本のような状況にあります。私が小さい頃の中国では、マーケティングと販売は死刑になるほどの重い罪でした。それがいまでは世界一の起業大国です。資本主義に対する見方の劇的な変化がもたらされ、以前には不可能だったことが可能になったのです。

 企業の場合も、会社が潰れたり、市場シェアが落ちていたり、CEOの解雇があったりするまでは、従業員は同じことをやり続けるものです。良くない未来が見えているときですら、同じことを継続します。だから米国では会社の経営が危なくなると、新しいCEOが変化をもたらします。既存のCEOが変化をもたらすことはほぼありません。それこそ組織文化の問題なのです。

 だから大企業に根本的な変化をもたらすのに必要なのは、新たなテクノロジーではなく、新たな組織文化や新たな経営層なのです。そこで役に立つのが私たちのイノベーションのプロセスです。