いまや「経験経済(エクスペリエンス・エコノミー)」の台頭が至る所で見られ、エンターテインメントの世界では顕著である。消費者たちは、映画を見たり、本を読んだりするだけでは飽き足らず、現実の世界でもフィクションに似た経験をしたいと考えているのだ。熱狂的なファンであるほど独自の創作活動に勤しむ傾向にあるが、企業は昨今、彼らの活動を積極的に制限し始めている。知的財産権など法的根拠のみを掲げてファン活動を一方的に潰すような行為は、単にファン離れを招くだけでなく、愛が憎しみに変わることすらあると筆者は指摘する。


 ネットフリックスのオリジナルドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のシーズン3が公開されたのは、7月初めのことである。それから数日で、視聴者4000万人の約半分が全8エピソードを見終えたという。そんな熱烈なファンにとって嬉しいことに、ドラマの世界にどっぷり浸かる方法は、ほかにもある

 ロサンゼルスでは、街中のバスキン・ロビンス(サーティワンアイスクリーム)が期間限定で、ドラマに出てくるアイスクリーム店「スクープス・アホイ」そっくりに衣替えした。かつてタワーレコードが入っていたビルは、ドラマの舞台となるショッピングモール「スターコート・モール」に変身。海沿いのサンタモニカピアでは、移動遊園地「ホーキンス・ファンフェア」が設置された。

 大リーグのシカゴ・カブスも、本拠球場のリグレー・フィールドで『ストレンジャー・シングス』ナイトを開催した。この秋にはロンドンでも、シークレット・シネマがネットフリックスと組んで、1985年頃のインディアナ州ホーキンス(ドラマの舞台となる架空の街)を再現した、イマーシブな体験を提供する。

 経営戦略の専門家がHBR誌で、「経験経済(エクスペリエンス・エコノミー)」の台頭を予測したのは20年以上前のことである。経済の価値はモノからサービスに移行しており、最終的に経験に至るというのだ。その予測は的中した。それが最も顕著なのは、エンターテインメントの世界だろう。

『ストレンジャー・シングス』から『ハリー・ポッター』や『スター・ウォーズ』まで、ファンは大好きなキャラクターを見たり、読んだりするだけでは飽き足らず、みずからその世界の一部になりたがっている。グリフィンドールのローブを着て、魔法の杖を振り、バタービールを飲みたい、というわけだ。イェール大学の心理学者ポール・ブルームによると、米国の成人は1日平均4時間以上を想像の世界で過ごしている。

 ファンタジー作品の知的財産権者は、このトレンドをよく知っている。そして、このバリュー・ストリーム(value stream)拡大の波に乗り遅れまいと必死だ。

 筆者の研究では、企業はマーチャンダイジング・ライツ(商品化権:著作権や商標権に基づき、ファンタジー作品の関連商品を管理して利益を得る排他的権利)を利用して、ファンがお気に入りのストーリーを「経験する」方法を管理することに、積極的になってきた。だが、経験に対して排他的権利を主張する行為は、企業や消費者、そして現行の知的財産権法にも影響を及ぼす。

 映画やドラマをテーマとするサマーキャンプからポップアップバーまで、企業はファンの活動にライセンスを供与することに前向きになってきたが、そもそも、このような経験までカバーする排他的権利を企業に与えることが、どのような結果をもたらすか、私たちは少し立ち止まって考えるべきだ。企業にあまりに幅広い権利を与えれば、創造性、競争、ファンの善意、そしてより根本的には、自分の大好きな物語で遊び、「オタクモードに入る」自由を脅かす恐れがある。