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いま最も注目される経営学者の一人である筆者が『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』におよそ4年にわたって連載した内容がついに1冊の本になった。

合計約60万文字、832ページとなる『世界標準の経営理論』は、連載を加筆・修正したものに留まらず、最新の状況を踏まえて全面刷新した。これは単なるフレームワーク集ではない。世界の約30の経営理論を、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめたものだ。

本書では、ビジネスパーソンこそが経営理論を知る意義を説く。序章『経営理論とは何か』から、抜粋して全5回にわたってお伝えしよう。

第1回の今回は、そもそも経営理論とは何かという前提について述べたうえで、ビジネスにおいて経営理論が必要とされる理由について明らかにする。本記事を読めば、経営者やマネジャーならば一度は感じたことのある「部下がなぜ経営戦略を理解してくれないのか」という理由がわかることだろう。

理論とはHow、When、Whyに応えること

 まず、「そもそも経営理論の目的は何か」、「なぜこれからのビジネスにおいて、経営理論を理解することが有用なのか」について解説する。本書は、ビジネスパーソンをかなり意識して書いている。ビジネスパーソンで経営理論の意義を知りたい方はぜひ読んでいただきたい。他方で、学生・研究者の方にとっても、「(学術的な意味での)理論の目的」「経営理論の3ディシプリンの背景」などを解説しているので、参考になる部分は多いはずだ。

 そもそも理論(theory)とは何だろうか。実は理論とは何かについて、学術的な意味で、経営学者の間の定義は固まっていない。

 入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。 2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。 著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
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 これにはいきなり驚かれる方もいるかもしれない。しかし実際にそうなのである。「理論の定義」は場合によっては科学哲学に立ち返る深い問題で、いまでも学者間で論争が続いているのだ。経営理論のトップ学術誌である『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』(AMR)と、同じく主要学術誌である『アドミニストレイティブ・サイエンス・クォータリー』(ASQ)は、それぞれ1989年と1995年に「経営理論とは何か」というテーマで特集を組んでいるくらいだ(※1)

 このように定義こそ曖昧な経営理論だが、一方で「理論は何のためのものか」すなわち「理論の目的」については、学者のコンセンサスがほぼ取れている。ここでは先のAMRの1989年特集号に掲載された、コーネル大学のサミュエル・バチャラクの論文の一部を抜粋しよう(※2)

 “The primary goal of a theory is to answer the questions of how, when, and why, unlike the goal of description, which is to answer the question of what.” (Bacharach, 1989, pp.498.)

「理論の主な目的は、『何が』(what)を叙述するものではなく、『どのように』(how)『いつ』(when)そして『なぜ』(why)に応えることである」(筆者訳)

 このように、理論とは「経営・ビジネスのhow、when、whyに応えること」を目指すものである。

経営・ビジネスのhow、when、whyとは

 まずhowとは、「X→Y」のような因果関係のことだ。例えば、第3章で解説する主要経営理論の一つ、リソース・ベースト・ビュー(RBV)には、「企業の経営資源に価値があり稀少なら(X)、その企業は競争優位を獲得する(Y)」という有名な命題がある。これは「XがYに影響を与え」、しかも「Xが高まればYも高まるので、その関係はプラス」ということだ。このような関係を示すのがhowに応えることだ。

 whenは、「その理論が通用する範囲」のことだ(※3)。専門用語では「バウンダリー・コンディション」(boundary condition)という。例えば、ある理論は大手企業に当てはまっても、スタートアップ企業のことは説明できないかもしれない。欧米で通用する理論が、アジアで当てはまらないこともあるかもしれない。ここで大事なのは、「だから欧米の理論は日本に役立たない」と短絡的に考えることではなく、理論が持つ仮定・条件から、その適用範囲を明確にすることだ。これがwhenに応えることである。

 そして何より重要なのが、理論はwhyに応えるものであることだ。「X→Y」のような因果関係を示しても、「なぜそうなのか」が説明されなければ、それは理論ではない。そしてビジネスは人や(人から成る)組織が行うものだから、そのためには「人・組織は本質的にどのように行動するか」の基本原理がなければ、因果関係は論理的・整合的に説明できない。

 さらに言えば、これらの理論から得られた命題・仮説が「本当に真理に近いのか」を検証していく作業も必要だ。それを「実証分析」(empirical analysis)という。社会科学の一部である経営学は、「科学」を目指している。科学の主要目的は、「真理の探究」にある。それは物理学などの自然科学と変わらない。すなわち、「なるべく多くの企業、経営者、従業員、ビジネスパーソン、組織などに、普遍的に当てはまりうる、ビジネスの真理法則(how、when、why)」を見つけたいのだ。少なくとも、世界の経営学はそうなっている。

1社だけに当てはまる法則には関心がない

 したがって世界の経営学は、「一社だけ、一人だけに当てはまる法則」には関心がない。例えばトヨタ自動車がいくら素晴らしくても、そこで得られた「トヨタの法則」がトヨタだけにしか当てはまらないのなら意味がない。「経営の神様」である稲盛和夫氏の名言も、それが稲盛氏だけにしか当てはまらないのでは意味がない。

 したがって経営学では様々な企業データ、経営者のデータ、質問票調査、心理実験、事例調査、コンピュータ・シミュレーションなどの実証分析を通じて、その理論が現実のビジネスの真理に本当に肉薄しているのかを検証するのだ。この理論と実証の緊張関係が科学の基本であり、そして本書で紹介する「世界標準の経営理論」は、この実証研究の検証をくぐり抜けてきた理論といえる(※4)

 ではここまでの議論を前提に、「なぜビジネスパーソンに、いまこそ経営理論が必要か」を解説しよう。筆者は、大きく3つの理由があると考えている。それは経営理論の「説得性」「汎用性」「不変性」である。

※1 とはいえ理論を構成する要素や理論のつくり方について、学者の大まかなコンセンサスはある。それらに関心のある方は、『世界標準の経営理論』第40章で詳しく解説しているのでそちらをお読みいただきたい。
※2 Bacharach, S.B. 1989. “Organizational Theories: Some Criteria for Evaluation,” Academy of Management Review, Vol. 14, pp.496-515.
※3 ここでのwhenとは、学者の視点でどのような時に理論を当てはめるか、という意味である。
※4 実証分析の手法や進め方については、『世界標準の経営理論』第41章に詳しく書かれている。