日本企業がイノベーションの枯渇から抜け出すには、どうすべきか
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サマリー:イノベーション創出のメカニズムの根幹にあるのは、知の探索と深化のバランスだ。知の探索と深化が高いレベルでバランスよくできることが、「両利きの経営」である。探索はコストがかかるため、組織はどうしても知の... もっと見る深化に偏る傾向がある。知の探索をなおざりにするので、やがてイノベーションが枯渇するのだ。日本企業の多くが陥っている状況も同様である。この状況から抜け出すために、いま日本企業は何をすればよいのか。本稿ではこの問いに答えるために、知の探索・知の深化の理論の研究成果を紹介していく。本稿は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)の一部を抜粋し、紹介したものである。 閉じる

「両利き」は戦略、組織、人材、経営者のすべてにおいて求められる

 前回まで、認知心理学をベースにした、「知の探索・知の深化の理論」を解説した。企業イノベーションの創出メカニズムを、鋭利に切り取る核心の理論である。前章で述べたように、その根幹にあるのは、知の探索と深化のバランスだ。人・組織は認知に限界があるので、知の探索(exploration)をして認知の範囲に出て、知と知を新しく組み合わせる必要がある(=シュンペーターの新結合)。一方、そこで生まれた新しい知は徹底的に深掘りされて、収益化につなげる必要もある(=知の深化、exploitation)。この探索と深化が高いレベルでバランスよくできることを、両利きの経営(ambidexterity)という。

 しかし、人・組織は認知に限界があり、探索はどうしてもコスト・負担がかかる。しかも探索は不確実性が高い(=失敗が多い)ので、組織はどうしても知の深化に偏る傾向が、本質的にある。結果として知の探索をなおざりにするので、やがてイノベーションが枯渇するのだ。この組織が知の深化に偏りやすい傾向を、コンピテンシー・トラップ(competency trap)と言う。「日本でイノベーションが求められているのは、多くの企業が知の深化に偏りすぎているから」というのが、同理論の帰結になる。

 逆に言えば、いま日本企業の多くに求められていることは、知の探索を促し、両利きのバランスを取り戻すことだ。そのためには何が必要だろうか。この問いを考える意味でも、知の探索・知の深化の理論の研究成果をさらに紹介しよう。マーチの1991年論文以降、同理論は、企業イノベーションの様々な側面の説明に応用され、膨大な実証研究が蓄積されてきた。その成果はあまりにも多く、本書『世界標準の経営理論』だけでは到底まとめ切れない(図表1は、なかでも代表的なものをまとめたものだ)。

 そこでここからは、知の探索・知の深化の理論についての主な研究成果について、戦略レベル、組織レベル、個人レベルに分けて解説していこう。なお、本章は企業事例や実務への示唆が他章以上に盛り込まれるため、筆者の私見が多めになることをご了承いただきたい。

オープン・イノベーション戦略とCVC投資

 まず、戦略レベルだ。企業はみずからを、戦略的に「両利き」へ促しうる。その代表は、オープン・イノベーション戦略である。

 オープン・イノベーションは日本でも浸透してきた。企業が、他社やスタートアップ企業と連携して、新しい知を生み出す試みの総称である。特に経営学で実証研究が進んでいるのは、戦略的な提携を使ってのオープン・イノベーションだ。

 異業種とのアライアンスを通じて自社が持っていなかった知を学ぶことは、典型的な知の探索である。一方、同業他者と似た技術を共同開発して、知を深化させることもできる。「探索型のアライアンス」「深化型のアライアンス」がどのように企業パフォーマンスに影響を与えるかについては、すでに多くの研究蓄積がある(※1)。加えて、知の探索のオープン・イノベーションとして日本で期待したいのは、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)投資のさらなる促進だ。これも最近の日本では、大企業を中心に少しずつ浸透してきた感がある。CVC投資とは、「既存の事業会社が新興のスタートアップ企業に投資をしながら、時に連携を図る」ことを指す。大企業にとって、スタートアップ企業の持つ技術・ビジネスモデルは目新しいことが多く、認知の範囲外にある。そこから知を得ようとするCVC投資は、まさに知の探索なのだ。

 一方のスタートアップ企業は、潜在性のある技術は持っていても、経営ノウハウや販路・人的ネットワークが不足していることが多い。製造業系スタートアップ企業では、実験設備も不自由しているかもしれない。したがって、大企業がスタートアップ企業の足りない部分をサポートしながら、彼らの技術を学ぶという関係性をつくれるのである。

CVC投資はイノベーション成果にプラスとなる

 実際、これまでの実証研究で「事業会社がCVC投資を行うことは、その後のイノベーション成果にプラス」という結果は、多く得られている。例えば、ワシントン大学のスレッシュ・コータらが2006年に『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に発表した論文(図表1の論文4)では、米通信産業36社の時系列データを用いて、取締役を派遣するなど投資先のスタートアップ企業に積極関与する企業は、CVC投資をするほど事後的なイノベーション成果が高まりやすい傾向を明らかにしている。

 欧米ではすでに多くの大企業が、CVCに取り組んでいる。シスコシステムズ、マイクロソフト、インテル、フィリップスなどがその筆頭だ。日本でも、CVC投資への関心は高まっている。以前から楽天やDeNAのCVC投資は知られていたが、近年はKDDI、オムロン、セブン&アイ・ホールディングス、フジ・メディア・ホールディングスなど、多くの大手企業がCVCに取り組む動きがある。これらは戦略的な「知の探索」ととらえられるのだ。