
2019年12月の発売から1カ月で5万部を突破し、いまもなお好調な販売が続く入山章栄氏の最新刊 『世界標準の経営理論』。ビジネス思考の軸を定めるために活用できる、世界中を見渡しても稀な一冊といえる。800ページを超える本書は、約30の経営理論を網羅する大作だ。内容は章ごとに完結しており、いつ、どこから読んでも良い。ビジネスに関わる全ての人が、辞書のように利用できるのが本書の特徴だ。
今回は、経営学に不可欠な「組織の経済学」に関する解説を抜粋する。新車と中古車の事例となる「アカロフのレモン市場」を用いながら、市場取引に潜む深刻な課題とは。

早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。 2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。 著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
Photo by Aiko Suzuki
企業組織はなぜ存在するのかを知る「組織の経済学」
本章から「経済学ディシプリン」の中盤、「組織の経済学」(organizational economics)に入る。
組織の経済学を学ぶことは、現代の経営学で不可欠である。米国の経営学のPh.D.(博士)プログラムで、組織の経済学に触れないことはありえない。同時に、これらはビジネスパーソンが自社のあり方を考える上でも、重要な「思考の軸」になる。例えば、スタンフォード大学ビジネススクールの教授陣には組織の経済学を専門とする学者が何人もいて、彼らの書いたテキストがMBA授業で使用されている(※1)。
経済学ディシプリンの前章までは、主に「市場」に焦点を当て、そこから導かれるSCP理論やリソース・ベースト・ビュー(RBV)を解説した。完全競争市場では企業は儲からず、独占市場に近づくほど企業は超過利潤を得られる。したがって「完全競争市場が成立するための『4条件』をいかに崩していくか」が、SCP・RBVの根底にあった(※2)。
他方で前章までは、「組織」「組織・市場を構成する個人」への深い洞察は行われなかった。組織が抱える構造問題の本質は何か、組織・個人がビジネス取引で直面する課題は何か、そもそも企業組織はなぜ存在するのか…このようなSCP・RBVでは説明できない深い疑問に答えるのが、組織の経済学である。