社員の自己肯定感を高め
士気向上にも役立つ

また、企業ミュージアムを訪れるとスーツを着た若い人たちの集団によく出会う。新入社員や内定者らの研修だ。創業の歴史、創業者の志、自社の事業のルーツを知らせることで、社員としての心構えを醸成していく。座学で教えることも可能だが、自社が製造した製品を目の当たりにし、ミュージアムという独特の雰囲気のなかでレクチャーを受けることができるのは貴重な体験となる。

知識を注入するだけではない。企業ミュージアムを社員としてのアイデンティティーの形成に役立てられると考える企業も多い。多くの人が施設の展示を見て体験し企業への親近感やイメージがアップし、社員に対するまなざしも変わる。これが社員の自己肯定感を高め、士気の向上への効果が期待できる。これも、企業ミュージアムが多様なステークホルダーを対象とするツールであるからこその効用だ。

企業ミュージアムのありようは、社会の動きと会社のミッションに密接に関係している。わが国では、1980年代以降企業ミュージアムを設置する企業が増えてきた。経済が活況を呈し、それまでの「海外に追いつけ、追い越せ」から世界に追われる存在となった日本企業は、自律的に自らの事業、技術、そして未来を示す必要が生じた。自社の歴史や理念を確認しアイデンティティーを明確化するために企業ミュージアムというツールを必要としたのである。

2000年代以降には企業ミュージアムはさらにその数を増やし、リニューアルする施設も相次いでいる。企業が社会的な存在であることを強く意識し、CSR活動に取り組む姿勢やグローバル経済において自らの姿をわかりやすく発信する必要性が高まったためである。

またその途中、90年代の半ばには、経済が発展したことで理系の人材が製造業への就職を望まなくなるという、いわゆる「理科系の製造業離れ」が問題視され、さらには小中学生の「理科離れ」が社会的に問題になる。理科の原理が実際の生活や社会でどのように役立っているのか、それを知るには製造業の技術に触れることが有効であり、これに企業ミュージアムのリソースがマッチする形となった。

やがて学校教育では、体験や実社会との関わりを重視し、自ら問いを立て課題解決に取り組むことが求められるようになっていく。その有効な場として企業ミュージアムの存在が意識されるようになったのである。また、こうした一連の営みは、単なる教育施設というだけではなく、企業自身のイメージアップや将来の人材獲得のプロセスとなっている点も押さえておきたい。