「1人で何でもできる時代」だからこそ、企業文化への関心が高まっている

――ここ数年、「人的資本経営」が注目され、パーパスやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を重視した経営を求める傾向が強まるなど、「企業文化」が経営に与える影響への関心が高まっています。何が背景にあるのでしょうか。

岩尾 「文化」をどのように定義するかにもよりますが、「集団で働くこと」への安心感が、企業文化への関心につながっている側面もあると見ています。

テクノロジーの急速な発展によって、1人の人間ができる仕事の規模や範囲は、ひと昔前に比べて格段に大きくなりました。AIやロボットなどを活用すれば、たった1人で100人分の仕事をこなすことだって可能です。

その結果、集団で仕事をやることの意味が失われつつあるといえますが、それでも組織というものは現実に存在する。これは、人が組織に属すること、人と人とが関わり合うことに何らかの価値があると考えられているからだと思います。

1人で何でもできる時代になったからこそ、逆説的に組織に属することの価値や、さらには、組織としての行動を方向付ける企業文化の重要性が再認識され始めているのではないでしょうか。

小山 電通が企業経営者と経営企画部門の従業員103人を対象に行った調査によると、企業変革の推進において、企業文化が「非常に重要だと思う」との回答は79.4%、「重要だと思う」という回答も合わせると95.1%に上りました。つまり、日本の経営者とビジネスパーソンの大半が変革において企業文化が課題だと認識していることが分かります。

企業文化が注目されるのは、昨日今日に始まったことではありませんが、特にここ数年フォーカスされるようになったのは、やはり新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きいと思われます。

――コロナ禍で企業文化に注目……。それはどういうことでしょうか。

小山 半ば強制的な在宅勤務によって、同僚たちと交わり合う機会が失われ、「組織って、何だっけ」という疑問を多くのビジネスパーソンたちが感じるようになった。その揺り戻しとして、コロナ後に人々がオフィスに戻り、社員同士が交わり合う中で、改めて「組織の良さ」が認識されるようになったのでしょう。

先ほど岩尾先生から、「AIやロボットの発達によって、1人の人間ができる仕事の量は圧倒的に大きくなった」というお話がありました。これに加えて、集団で仕事に取り組むからこそ、知識やノウハウの共有化、あるいは人と人が「偶然出会うこと」によって価値が生まれるという期待もあると思います。

それを改めて認識したことが、「集団で価値を生むための行動規範」ともいえる企業文化の再評価につながっているのだと思います。

企業文化とは、集団が一つになって動くための「行動プログラム」

――岩尾先生に伺いますが、そもそも企業文化とは何でしょうか。また、それはどのように形成されるものなのでしょうか。

岩尾 組織開発や組織文化の研究に関する世界的な権威である米国の心理学者、エドガー・シャインは、企業文化とは「共有された暗黙の仮定パターン」であると説明しています。

より分かりやすく言うと、無意識のうちに社員の間で共有され、「当たり前」とされている信念や認識、思考、感情などのことです。

「このように行動しなければならない」と、集団を構成する一人一人の脳にあらかじめ埋め込まれたプログラム、あるいは行動形式と言い換えてもいいでしょう。

企業文化は、なぜ「業績と成長のドライバー」になり得るのか【特別対談・前編】慶應義塾大学 商学部 准教授 博士(経営学)
THE WHY HOW DO COMPANY(略称・ワイハウ) 代表取締役社長
岩尾俊兵

シャインによると、こうした行動プログラム、すなわち企業文化は、目に見えるシンボルや手順によって初期設定されます。例えば、創業者の写真や銅像、朝礼などの儀式、社旗、社章、社員バッジといったものです。

これらのシンボルを「集団にとって大切なもの」と認識することで、社員の思考が一つになり、その思考が行動につながって、結果を生むわけです。

集団を一つの方向に向かわせるためには、その動機となる文化が欠かせません。逆に言えば、文化がないと、そもそも集団として存在する意味がないともいえます。

小山 電通は、企業文化の変革を支援するプログラム「Culture For Growth」を提供しています。私はその担当者として、さまざまな企業の経営者や経営企画部門、人事部門などの方々とコミュニケーションを行っていますが、ここ数年、経営者の方々の企業文化に対する意識や関心は非常に高まっています。岩尾先生が指摘されたように、企業文化が社員による行動の動機付けとなり、集団を一つの方向に向かわせる力になることに、改めて気付かされるようになったからではないでしょうか。

企業文化は、なぜ「業績と成長のドライバー」になり得るのか【特別対談・前編】電通 第2ビジネス・トランスフォーメーション局 グロース・HR部長 ディレクター
小山雅史

今、日本の企業経営者の多くは、経営環境の不確実性や不透明感が増す中で、「未来に向けて、どうやって企業を発展させていけばいいのか」ということに悩んでいます。

激しい時代の変化に対応して何かを変えるにせよ、どんな変化にさらされようと大切にしてきた何かを守り抜くにせよ、それらを成し遂げるには集団が一つになって取り組んでいかなければなりません。

だからこそ、多くの経営者が企業文化の重要性に着目し、それを原点とする企業変革や事業変革に挑もうとしているのだと思います。

企業文化のありようによって、成長力や競争力は大きく変わる

――そもそも企業文化は、誰が創り上げるべきものなのでしょうか。

岩尾 経営学の研究では、基本的に創業者や、その時々のトップ、すなわち経営者が中心となって創り上げるものであるという認識で、ほぼ一致しています。

先ほども述べたように、企業文化は、集団として何を目指し、いかにしてそれを成し遂げるのか、ということを暗黙に共有する行動プログラムなので、集団の生みの親である創業者や、集団を率いる経営者がそれを形作る役割を果たすべきことは、ある意味、当然だといえるでしょう。

問題は、その企業文化を「時代の変化に合わせて変えていくべきなのか」。それとも、「世の中がどう変わろうと守り抜いていくべきなのか」ということです。

もちろん、これについては、経営者によって考え方が異なるはずです。しかし、経営者は業績の拡大や事業の成長、競争力の強化といったことに責任を負っているわけですから、その実現に結び付かない企業文化では意味がありません。

経営環境の激変に対応するため、「企業文化をガラリと変えなければならない」というのなら、トップの交代といった荒療治が必要となる場合があるかもしれませんし、逆に、どんなに環境が変わろうと、「われわれはこの考え方を貫くんだ」という強固な意志を持って、変化との折り合いをつけていくやり方もあると思います。

いずれにしても、経営者には自分の会社にどんな企業文化を根付かせるのかを考える責任がありますし、それが「業績や会社の将来にどう影響するのか」を社員に腹落ちさせなければなりません。

そうでなければ、企業文化は「社員の行動プログラム」として機能しなくなり、成長力や競争力が損なわれかねませんし、「集団の存在意義」そのものが失われてしまう可能性があります。

――企業文化のありようや、それをいかに浸透させるかによって、企業の成長力や競争力も大きく変わるということですね。

小山 付け加えるとすれば、同じ業種の中で差別化された価値を提供するためにも、企業文化が非常に重要だと考えます。かつての日本企業はオーナー経営者が多かったので、その個性が反映された企業文化によって他社との差別化が図られてきました。

現在は、オーナーシップと経営の分離がかなり進んでいる感覚があります。そのため、昔の強いオーナーシップが反映された、企業ごとの文化というのが見えづらくなり、結果として差がなくなっている感じがします。

そのためか、「Culture For Growth」プログラムで企業文化の変革を支援させていただいている企業の中でも、「他社にない価値を提供するため、企業文化を変えたい」というご要望が増えています。

ただし、重要なのは「変える」ことを目的とせず、「成長」という目的のために「何を変え、何を変えずに貫くのか、あるいは、今まで培ってきたものを強化すべきなのか」を考えることです。そうしなければ、「他社にない価値」にはなりません。差別化された価値を手に入れることは企業の成長や競争力を支える重要な要素です。そのベースとなるのが「企業文化」だと考えています。

(後編に続く)

Culture For Growth の詳しい資料はこちら

岩尾俊兵(いわお・しゅんぺい)

1989年佐賀県有田町生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了、博士(経営学)。組織学会評議員、日本生産管理学会理事。著書に『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』『13歳からの経営の教科書』(以上、KADOKAWA)、『世界は経営でできている』(講談社現代新書)、『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社新書)などがある。2024年よりTHE WHY HOW DO COMPANYの社長として再建業務に従事。

小山雅史(こやま・まさし)

入社以来、一貫してブランドストラテジストとして食品、通信、金融、飲料、化粧品、家電、薬品、自動車など、さまざまな領域のコーポレートブランディングとそれに伴う企業変革や従業員意識の変革、事業戦略や開発などを担当している。顧客との関係だけでなく、マスコミ、投資家など企業や事業を取り巻くマルチステークホルダーの視点で「社会にとってのこの企業や事業の価値とは何か」を常に考えながら、企業価値の持続的な向上方法を模索している。

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