グローバル化と情報化はこれまでの権力構造にも影響を与える。その典型が、「個人へのパワーシフト」である。「社会と文化」分野における2つ目のメガ・トレンドが「さらに賢くなる個人」である。2040年の世界を示すブーズ・アンド・カンパニーの好評連載、第11回。

 

第8のメガ・トレンド
さらに賢くなる個人(Educated Individualism)

 企業から消費者、政府から国民へのパワーシフトも起きる。これまで個人は情報収集能力や情報解釈のための知識が不足していたことから、パワーを持つことが難しかった。しかし、情報技術の進化によって、情報面でのパワーはすでにシフトし始めている。また、これまで情報流通が制約されていた新興国においては、より速いスピードで個人へのパワーシフトが進展する。

 インターネットの普及によって、個人が情報や知識を得るだけでなく、情報や意見を共有し、連携することも容易になる。実際に、ネットなどの情報源やコミュニケーション手段の充実によって、先進国の消費者市場は大きく変化した。

 画一的な商品の大量生産大量消費の時代は過ぎ、今や企業は数多くの新商品を毎年のように市場に投入している。ドイツの典型的なスーパーマーケットでは、毎年1,000を超える新製品が投入されており、米国では、1996年に3万程度であった製品数が、2008年には5万に迫るまでに増大している(図表1、2参照)。市場が飽和している先進国市場では、供給側のほうが過当競争に陥り、新製品競争・低価格競争を引き起こしているが、需要側の購買量はそれほど増えるわけではない。希少なのは顧客であり、その顧客を奪い合うマーケティング活動を企業が繰り広げているという構図である。

 たとえば日本の家庭用のシャンプー・リンスでは、従来は1つのブランドに香りでいくつかのタイプがある程度であったが、今や、通常、ダメージ対応、カラーリング対応、スパなどのラインそれぞれに、シャンプー、リンスに加え、コンディショナー、トリートメント、オイル、頭皮ケアなど、髪質や悩みに応じてさまざまな商品が提供されている。企業は、ますます希少になる顧客を奪おうとして、賢く洗練される消費者の複雑化する要求に応えようと悩まされることになる。

 こうした状況のなかで、インターネットを利用したショッピングは、価格や機能、評判を比較して購入することが可能ということも追い風となり、伸び続けている。商品・価格の検索がより容易になり、たとえば家電量販店においても、従来は「他店より高ければお値引きします」という設定であったものが、今では「ネットより高ければお値引きします」と言わないと顧客をネットショップに奪われるという状態になっている。ネットショップの側も、際限ない最低価格追求だけではビジネスが安定しないため、固定顧客からのリピート需要を取り込むべく、高い利便性を追求し、個々人の趣向にあった製品を推奨する個別マーケティングを指向している。

 ネット・ショッピングの初期は、パソコンを使いこなす人が能動的にサイトを検索して情報収集と購買を行っていたが、フェイスブックなどのソーシャル・メディアの登場以降は、スマホで受動的に友人のコメントを見て、それをきっかけにして購買するようになりはじめた。このように、企業の発信する広告とは関係なく購買が行われるようになると、かつてのように「企業が消費者の意識をコントロールする」かのような、マス・マーケティングは行いにくくなる。つまり、同じ広告費を投じても顧客数がかつてほどは取れなくなり、顧客獲得のコストが高まることになるのである。そうなると、ビジネスのやり方は、既存顧客との長期的な関係性をより重視するという、リレーションシップ・マーケティングに向かうようになる。