対人コミュニケーションにおける第一印象を左右するものの1つに、「握手」がある。では、交渉の際に握手をするのとしないのでは結果に違いが生じるのだろうか。ハーバード・ビジネススクールの行動科学者で『失敗は「そこ」からはじまる』著者ジーノが、興味深い研究を報告する。


 交渉では、双方の熟慮と準備が必要だ。交渉に命運がかかっている時や、問題が複雑に絡み合う時、利害が複数の関係者にまたがる時には、なおさらである。イランの核開発問題をめぐる2013年末の交渉を振り返ってみよう。難しい対話が本格的に始まる前、オバマ大統領とイランのハサン・ロウハニ大統領の会見が予定され、その調整には何カ月も費やされた。会見の目的はただ1つ、「握手」だった。ところがロウハニは土壇場で、オバマと直接会うことを拒否する。アメリカの識者たちはこの出来事を「不発に終わった歴史的握手」と揶揄し、今後の交渉の進展を危うくするものとした。

 人は第一印象に基づいて相手の真意を推測するが、この作業は一瞬にして行われる。私たちはわずか10分の1秒あれば、相手の好感度や信頼性、能力、攻撃的態度などさまざまなことを判断できる。さらに興味深いのは、第一印象はおおむね正確で信頼に足るものであるということだ。たとえば他者の能力に関する第一印象から、重要な結果――選挙でだれが勝つかなど――をわりと正しく予測できるという(英語論文。米知事選の結果を知らない被験者に、当選者と次点候補者の顔写真を見せ、第一印象だけでどちらが有能かを判断させたところ、当選者を選ぶ確率が高かった)。

 握手は社交性の証となり、好ましい第一印象を生む。ある研究によれば、力強い握手は、外向性や感情表現の豊かさと正の相関を示し、内向性や神経症的な傾向とは負の相関関係にあった(英語論文)。別の研究では、一般的に正しいとされる握手――相手の目を見つめながらしっかり手を握る、など――をした採用候補者は、就職面接で高く評価される場合が多かった(英語論文)。さらにこんな研究結果もある。ビジネスシーンで握手を目撃した第三者の目には、両者の関係が好ましく映るが、それだけではない。その人の脳内では、側坐核――報酬に反応する領域――が活性化する(英語論文)。つまり私たちは、だれかが握手をしている姿を見るだけで、自分が報いられたように感じるのだ!

 私の研究によれば、交渉においては握手はさらに多くの意味を持つ。交渉の席で私たちは、協調的に振る舞うか、敵対的に振る舞うかを判断する際にほんの些細な情報でも頼りにする。そういった情報源の1つは、握手などの非言語行動である。多くの文化圏において、交渉の最初と最後の握手は、双方の利害をふまえて互いに協力し合意を目指そう、という意思を伝えるものだ。この行動に注意を払うことによって、交渉者は自分の動機や意図を伝えるとともに、議論に対する相手側の姿勢をより的確に察することができる。