事業ポートフォリオの整理に際し、短期的な改善ばかりを求めて新規事業への投資を減らすことがいかに危険か。ネットフリックスCEOの言葉を交えながら、アンソニーが指摘する。


「簡単な計算の問題です」と、ストラテジストは言った。その口調は私が6歳の娘に言い聞かせる時の言い方と、やけに似ていた。「顧客が流出するのをほんの1%防げば――いいですか、たった1%ですよ――そうすれば数千万ドルの利益が生まれます。そして市場シェアを1ポイント増やせば、さらにその5倍もの利益になる。一方で、成長戦略への投資がそのようなリターンを生むまでには、まだ何年もかかるでしょう」

 基本的には正しい。ほとんどの場合、主力事業の改善に費やす1ドルのほうが、育てるのに時間がかかる新規事業に投じる1ドルよりも、短期的には大きなリターンを生む。これが意味するのは、企業は成長の必要に迫られる前に、成長への投資を始めなければならない、ということだ。そうすれば新規事業が実を結ぶまでの余力と時間を確保できるからだ。

 だが残念なことに、そうしている企業はほとんどない。むしろ以下のような具合だ。

「したがって」、ストラテジストは話を続けた。「イノベーションへの投資を控え、それを主力事業に振り向けるほうがはるかに賢明です」

 いや違う。それは絶対に違っている。

 もちろん短期的には、ある程度はプラスとなるだろう。既存の事業をできるだけ強靭にすることに私はまったく異論はない。現在の事業から生み出されたフリー・キャッシュフローこそが、将来の事業への投資資金となるからだ。だがおそらく、新たな成長のための投資を削減することは、企業にとって最も危険な選択肢なのだ。

 どんな事業やビジネスモデルにも寿命がある。製品は流行り廃りを繰り返し、顧客の嗜好も変わっていく。リタ・ギュンター・マグレイスが言うように、競争優位はますます一時的で、はかないものとなっている。長期間にわたって存続している企業は、新たな製品やサービス、ビジネスモデルを次々と繰り出して複数の一時的競争優位を築き、既存の有力企業に取って代わってきた。